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決意の証
 

■過日ある歌舞伎俳優の奥さんが

長い闘病の末に亡くなった。

『まだ若くて小さい子供たちを残して

可哀そうにとは思われたくない』

自身のブログではそう語っていたという。


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死を見つめながらの闘病の日々は

支える家族がいるとはいえ

身心共にどれほど苦しくまた辛いものか察するにあまりある。

人生は長さではなく中味だとよく言うが

それを悟って日々遂行するのは容易ない。

死と向き合いながらも

前向きに最期まで生きようとした彼女の姿に

多くの人が勇気と希望を与えられたにがいない。

言葉では語り尽くせぬ思いも沢山あったことだろう。

大声で泣き叫びたい日もあっただろうが

まだ小さな子供達の前ではそれも出来なかったかもしれない。

闘病中に日々淡々と綴られていたブログは

そんなご本人とって決意の証だったのかもしれない。

たとえ短くても幸せな人生を送れる人がいる。

早くても笑顔で旅立つ人もいる。

健気に勇敢に最後まで生き抜いた彼女の思いは

残された家族の胸にしっかりと刻まれて受け継れていゆくだろう。

ご冥福を心からお祈りしたい。

合掌




【2017/06/24 22:00】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
京都展終了

  京都展終了

お陰様で祇園精舎での個展は無事終了いたしました。
見知らぬ京都の地で会期に春のGWを挟んだ今回の個展でしたが、
それでも沢山の方々にご来観を頂きました。

20160502_165737.jpg

ネット繋がりや新聞、或いは口コミ等で今回も沢山の新たな出会いが出来ました。
30数年ぶりに京都在住の日本画家B氏とも偶然再会をしたり、
土地柄で海外の旅行者等も立ち寄って頂きましたが、絵の説明には冷や汗をかきました(^^;
最終日なのでと二度も足を運んで熱心に観て頂いた方も居られました。
元々大阪が発表の場ですので、目の肥えた方の多い京都での初めての個展は
内心いささかの不安もありました。しかし、こんな水彩画は今まで観た事がないという
ご感想を沢山寄せて頂き胸をなで下ろしました。
遠路大阪から来て頂いた方々には、充分なお話しも出来ず本当に申し訳なく思います。
私は決して大阪を離れた訳ではなく『主たる発表の場は今後も大阪です』と申し上げると、
皆さんホッとされていました(^^)

3日目

IMG_1974 (2)

昨日の今日でまだ余韻が覚めやらず、後片付けも出来ていませんが、
とにかく無事京都展を乗り越えられたことが何よりです。
後は今回の経験を次の11月秋の個展に生かしていきたいと思います。
今年はこのまま『大阪夏の陣』に突入です(笑)



【2016/05/09 11:18】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
京都展が始まります

 

■いよいよとなりました

もう後はどうなる分りません(^^;
長くネット上ではコンドルとHNで名乗ってます。
どうぞ会場にお越しのときは『コンドル?』とお声をお掛けください。
会期の全日私は会場に在廊してお待ちしております。



コンドル画

一枚の絵を描くことは、自作自演の"夢芝居"
ならば大根役者にだけは成りたくないなあーと思います。


尚、個展会期中の様子をFacebookでリアルタイムにUPしますので
興味のある方はどうぞそちらもご覧ください↓
.★facebook
では京都祇園の初夏の陣、開演です<(_ _)>



【2016/05/01 23:59】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
北の大地の物語


■■北の大地の物語■■

北海道の富良野にあるラペンダー畑を全国的に有名にした
『富田ファーム』のオーナー 富田氏の秘話を某ラジオ番組で聞いたことがある。
香料の原材料としてラベンダーを栽培していた一農家が、
どうしてあそこまで富良野を発展させたのか・・・
富田氏が語っていたことに感動し心に残った。

富良野の地に初めてラベンダーの栽培に取り組んだ一人の農家の若き跡取り息子が居た。
だが親はそんな香料の元の様なものを作っても何になる!と大反対。
しかし若き富田氏は諦めず、 ようやく結婚を機に親の許しを得て、
畑の半分だけをラベンダー畑にする事を許してもらった。
香料会社との契約栽培も取り付け順調に進んだ。
やがて辺りにはラベンダー栽培の農家も徐々に増え全盛期は数十戸もあったという。




しかし、良いことは長くは続かず、香料の原材料が石油科学の発達に伴い
ラベンダーの契約栽培が打ち切られるようになる。
『私はただラベンダーがいとおしかった。
お金にならないので回りの農家が次々に転業していく 中でも
畑をやめる事が出来なかった』と昔を振り返る。
ラベンダーを育てるよりも収入のことを考えると、
もっと効率のよい作物があるのも解っていたが
富田氏の家族は力を合わせてラベンダーの栽培をを必死で続け畑を守った。

そんなある時そのラベンダー畑の回りにカメラマンの一団が現れて写真を撮っていた。
聞けばJRの観光ポスターに富田氏のラベンダー畑が使われていたのを見てやって来たと言う。
富田氏はそのことさえ知らなかったが、以来次々に人が来る様になった。
折角来てくれたので記念のお土産にポプり(匂い袋)の袋を作って来る人達に無料で配った。
どうせ収穫しても使い道の無いラベンダーでも、。
訪れた人が喜んでくれるのならと家族総出でポプリを作った。
すると今度はそのポプリが口コミで評判になり、
ポプリが欲しいとカメラマン以外の人達が全国から訪れるようになり、
やがて現在の富良野随一の観光農園へと発展したというのである。

『私は今でもだの農家です。入園料は一切戴きません』と富田社長は言う。
ある年、経済的に悩んだ末、いよいよラベンダー作りは今年を最後にしようと
畑にトラクターを入れて壊そうとしたその時、
土の中からラベンダーの悲鳴が氏の耳に聞こえた。
それで我に帰ってトラクター止めた。
遠くでそれを見ていた家族も駆け寄り
『お父さん、やっぱりもう一年みんなで 頑張ってみょうよ』
奥さんの言葉で転業を思い止まった。
その時の奥さんの目にはうっすら涙が浮かんでいたという。

まだ観光客など誰も来ない富良野で、地元の人でさえラベンダーのこともよく知らない時代、
この一農家の情熱はやがて新しい駅を造り、年間90万人を迎えるまでに大発展をさせたのである。
成功の陰には血のにじむ様な苦労があるのは当然のこと。
それよりも何よりもその想いの純粋さが 周囲の人を動かし環境を変え、
理想を現実にすることも可能にすることを私はこの話でも教えられる思いがした。
一時的な困難に直面しても、決めた夢や理想を最後まで貫き通せるパワーは何かといえば、
それは物事に賭ける愛情の深さではないだろうか。
どんなに困っても精神は常に高い位置に置いておける心の豊かさではないだろうか。

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次元は全くちがうのだが・・・
私は作品を描くのには幾つかの大事な要件があると思っている。
そのひとつに『品位』というものがあって、その品位とは
理想であり、情熱であり、精神のことを指し、それを高く持ち続けなければ、
観賞に値する作品など死ぬまでかかっても描けないと常に思っている。
勿論私自身にはそんな品位のようなものは全く無いが、
それでもいざ作品となれば表現者のプロとして、それを作品に表さなくてはならない。
別に格好を付ける意味ではけしてない。
何を機軸に絵を描くのかは人それぞれで、共感して貰える部分も違って当然だが、
私はそ品位を終生大切にしたいと思う。
自分自身もさることながら、家族も一緒になって同じ目的に向かった
富田フフームの人々の生き方に、私は限りない『純粋さ』を強く感じた。
やっぱりそうなんだ!と久し振りに納得できた話だった。

若き日の富田氏は、きっと富良野の丘陵をキャンバスに見立て、
ラベンダーという薄紫の絵の具で未来に大きな絵を思い描いていたに違いない。
その壮大な絵が50数年後には香りを添えて見事に描き上がり
新たな駅まで作らせて人々を迎えるまでに大発展を遂げたのである。

※フアーム富田 富田忠雄会長 2015年7月4日亡 享年83歳

 



【2016/02/09 10:50】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
高倉健という俳優
 
■亡くなった映画俳優の高倉健さんのエッセイ本『旅の途中で』(新潮文庫)の中に、作家の丸山健二氏が寄せた「それが高倉健という男ではないのか」という一文が載せられている。(元々は高倉健の写真集の為に書かれたれたものを転載)自身も孤高の作家と言われる丸山氏の目に映った一人の役者の姿は、そのまま私も共感する部分が多いのでここに全文を紹介する。
______________________________________

何もかもきちんとやってのけたいと思い、これまで常にそうしてきたのは映画を愛したきたからではなく、或いは役者家業にほれ込んでいたせいでもなくただそれが仕事であり、それで飯を食ってきたというだけの理由に過ぎない。だから出来る事ならファンと称する大勢の他人に囲まれたり、カメラの前で心にもない表情を作ったりし、ややこしい人間関係の真っただ中に身を置いてしたくはないのだ。それが高倉健という男ではないのか。

とは言え、嫌々ながら仕事をしているのではない。好きとか嫌いとかを尺度で仕事をするのではなく、やるかやらないかを問題にするのであってやめと決め、引き受けたからには持てる力を惜しげもなくつぎ込み奮闘する。仕事だから仕事らしい仕事をやってのけようとする。それは観客の為ではなく自分自身の為にすることなのだ。受けるとか受けないのかは勿論気になるが、最終的には知ったことではないの一言でけとばしてしまう、それが高倉健ではないのか。

必要以上のサービスはまっぴらだ。俺を見たければ映画館へ行くがいいし、こうした本でも買うがい。だが本物の俺と俺の私生活にはけっして近づくな誰であってもだ。よしんば仕事の関係者であってもだ。ましてや男と男の友情などと口走って迫って来る薄気の味悪い男はなおさらだ。俺はスターの立場にたまたま居るのであって、所謂スターさんに強く拘ったわけではない。それが高倉健ではないのか。

腰ぎんちゃくやらお伴を引き連れて、毎夜銀座をうろつかなければ、あっちからもこっちからも声が掛からなければ、いつでもちやほらされなければ、寂しくてたまらないし、取り巻き相手にわめき散らしていなければ、安心出来ないというのがスターさ。仕事が終った途端に素早く自分に戻れるのがスター。スターは己を見失うことなく、時々胸の内で冷ややかな笑みを浮かべている。
それが高倉健ではないのか。

役者は特別な存在でなければならない。たとえ普通の人間を演じる場合であっても、普通の男であってはいけない。とりあえず外見が問題だ。顔だけ特別に立派でも、首から下が世間の連中とまったく同じではまづい。つまり頭のてっぺんからつま先までが売り物としてふさわしくなければならない。大酒を飲み、多飯を食らい、どこにでもいるようなデブとなって、ほんのちよっと動いただけで息切れするする様な男が主役を平然とやってのけている。しかし彼はちがう。彼は何時も特別だった。それが高倉健ではないのか。

必要に応じて、必要な動きの出来る男が減っている。どうということもないのに、大袈裟に騒ぎ立てる男はうじゃうじゃいる。そんなに動かなくてもいいのに派手に動き回る男は増えている。そんな男に限って、本当に動かなければならない時にこそこそと逃げてしまう。格好だけでいいのだ。中身なんてどうでもいいのだ。外側だけしか見えないのさと彼らは居直る。だがそうではない。人間の中身はハッキリとスクリーンに映し出されるものだ。例えば分厚い皮下脂肪のような形で。彼は必要に応じて必要な動きが出来る。スクリーンの上だけではなく、私生活の上でも。それが高倉健ではないのか。

三年前にやれなかったことが、今は簡単にやってのけられる。そんな男は少ない。流れに身を任せることを知っていて、時には流されもするが、しかしそれでも頭は常に上流に向けられ、両手は常に水をかき、両足はしょっちゅう水を蹴っている。つまりエネルギーの配分を冷静に計算しながら、少しでも前進しようと狙っている。彼は決して溺れない。それが高倉健ではないのか。

暗くて重くて正しくて、一匹狼のイメージはいつしか敬遠されるようになった。そうした主人公に憧れ血の騒ぐのを覚える男は減るばかりだ。時代は益々薄くて軽い方向へ傾いて行く。その日その日をちまちまと、こすっからく目先の欲に振り回されて、弱々しくてだらしない男たちが、普通でいいんだよ、自然に生きたいのさ。等身大の生き方がしたいんだなどというこざかしい言葉の上で胡坐をかいている。その中にあって彼は、男であり続けたいと願い、役者をしながらもその姿勢を崩そうとはしない。それが高倉健ではないのか。




生前高倉健はこの一文を、自分への激励として、気持ちが落ち込んだ時には何度も読み返して勇気付けられたという。その思いの中には彼自身の描く男の願望のようなものが投影させていたのかもしれない。また丸山氏が寄せたこの一文が、追悼の文のようにも聞こえてくる。

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どんな世界であっもプロとは皆同じだと思う。勿論伝説や作られたイメージもあるだろうが、それをも含めて彼は稀有の役者の一人である。彼の作品や人生観には私も共感する点が多く、また彼の映画の舞台にはよく雪景が使われているが、彼ほど雪の似合う役者はいないことにも惹かれていた。憧れはしても真似は到底出来ないが、別にそれでも構わない。丸山氏のこの一文は絵描きである私にとってもひとつの羅針盤の様な気がするのである。



【2016/01/23 21:45】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
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Author:コンドル
透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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