急ぎ過ぎると大事なものを見落とす

昔はJRの在来線の夜行列車でよく旅をした。
目的地まで何時間もかかった。途中の駅の車窓から首を出して駅弁を買って食べた。
長い時間を聞きながら硬い座席で寝て、朝目が醒めると外の景色は一変していて、
気分は既に高揚していたものだ。

何時の時代からか汽車は新幹線に代わり、半日で全国何処へでも行けるようになった。
懐かしい警笛の音も、停車駅で弁当売りの声も聞かれなくなった。
旅はトラベルと呼ばれ、便利で快適に目的地まで運んでくれるようにはなったが、
車窓から見えた景色が気に入っても、途中下車さえ出来なくなった。
体感的なドキドキする旅の味わいが薄らいでしまったのは残念だ。

5-16.jpg

ローカル線に乗り換えて、何時来るか分からぬ田舎のバスを長い時間待ちながら、
或いは待ちながら土地の方言で話す人と会話をしながら、ようやくその気になれるのだ。
『何時も歩いて取材に出掛けるのですか?』と聞かれるが、私は車は乗らない。
暑くても寒くても現場を求めてひたすら歩く。足で土の感触を、肌で空気を感じながら
行く宛ても定めず、泊まる宿も決めずその地方を放浪して回り、なんとかその日の獲物に
辿りつければそれでよかった。

思わぬ事で無駄足も時間のロスも多いが、それが本来の旅だと私は思う。
絵を描くことは旅の結果を残すことで、そこに至る様々な道程が大事なのだ。
非日常の世界に身を移すことから既に作品作りが始まっていなければならない。
誰も居ないローカル線の待合室でカビ臭い匂いを嗅ぐことも必要で、
ただ目の前の形だけ移して描けば良いのなら私は随分遠回りをしている。
思い望んでも表現しきれない欲なのかもしれない。
だがそれ故に季節や時間を気にしていては作品は描けないのだ。
生意気かもしれないが、それが本当の絵描き魂ではないのかと思っている。


【2009/08/29 00:20】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
新兵器

ワープロ専用の『ポメラ』というものをネットで購入した。
キーボード形をした手帳のようなもので、機能はいたってシンプルで文字しか打てないが、
モバイルやらノートPCはかさ張るばかりで、持ち歩いても使いこなせない。                      しかしこれならコンパクトで何処でも手帳感覚で文章を書くことの多い私には丁度いい。              広げても葉書二枚分くらいで軽い。保存もメモリーを使えば2Gまでは可能。                             テキストはPCに移して再編集も出来る。

  ポメラ 

娘に言わせると『それじゃ携帯と同じ』らしいが、キーボードがほぼPCと同じ配列なので                 指先だけでなく両の手で叩くことができるので断然スピードも違うはずだ。                  歳を取るともの覚えが悪くなって、紙にメモしても今度はその紙がみつからない事がよくある。     一瞬思いついたアイデァも後で思い出せないではなんの役にも立たない。                 この新兵器が少しでも脳みその代わりをしてくれると助かるのだが・・・(笑)

  

                                                                          


【2009/08/23 13:34】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
モチーフ探し

モチーフ探し

今日は日本橋まで画材になる(モチーフ)を仕入れに出掛けた。
古道具屋に行くときはお金が無くても、さも有る様な格好をして行く
そうでないと値切っても負けてはくれないのだ(笑)                                   別に今欲しい訳ではない素振りをしながら、数点ぶつきらぼうにしばらく店中を歩く。            
そして目当ての品をまとめて買うのである。                                        どうしても欲しがっていると思われると足元を見られるので、                         本当は前もって同じ店で下見をして気に入った品物であっても、                       偶然今見つけたような振りをする(笑)
こうして私はモチーフを探すが、これも絵描きの大事な仕事にのである。                  作品作りはこの段階から既に始まっているといってもよい。                          風景を描くのも同じで、知らない土地に出掛けては
これだ!と思う風景に出会うまで探して歩く。                                   隠れた部分でそれなりの作戦を立てる事が必要で、
適当では済まされない駆け引きがあってこそ獲物をゲット出来る。                          一年365日片時も休む間がない、それがプロだと私は思っている。

モデル3 

そして今日手に入れた品のひとつがこれ。
エスニックな匂いがして、赤い小さな果物の実でも乗せると面白いかな。
それとも白い花が似合うかな…などと考えるのも楽しいものである。



【2009/08/20 13:19】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
職業絵描き

職業絵描き


絵を描く人の中には『職業絵描き』と呼ばれる人が居る。
プロだアマだと線を引きたくはないが、                                    諸々の世俗を離れ趣味に徹して好きな事で毎日が過ごせたら
それに勝る充実感はないだろうと思う。                                      だがひとたび生存が掛かるとなると途端に悲壮感にかわり、
楽しいとばかりとは言えなくなるのがこの世界だ。
私自身も仕事故の苦痛の方が多い。                                       厳しくプロに徹し切ろうとするほど苦しくなるのはどの分野でも 同じだが                   出来るものなら純粋なままで描き続けたい。                                   物事を追求する姿勢は同じでも充実や達成感には立つ土俵の違いが当然出る。                                 常に『打って出る姿勢』を維持するには強い精神状態が必要となる。                    それか゜がプロである。
表現はプロ中のプロであっても、どこまでもアマチュアのような絵描きでありたい。
それが私の理想とするの姿である。
26回個展のでアト92日。


【2009/08/18 21:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
自分の店を持つ

 

ある一人の少年は大きくなつたら料理人にあろうと思った。

何の料理がいいかなど分からず、ただ作るのが好きなだけだったが、
やがて成人になり本格的に求める料理を学ぶようになった。
そして小さくても念願の自分の店を持つようになった。

大きなホテルの中にある立派な店のシェフになる道もあったかもしれない。
しかしそれでは自分の納得のいく料理は作れないと考えた。
偏屈で我が侭な生き方であっても、それが性に合っていると思った。
だが好きなだけでは店の経営は出来ない。必死で工夫を重ねた。
まだ誰も食べたことのない独自の料理を出す。そうすれば必ず客は来てくれる。
全国各地の隠れた食材を探して歩き、材料費など度外視して店に出していた。
赤字の穴埋めを何時も陰で支えるのは戦友の愛妻だったが、表通りから一本
外れた裏通りで敢えて店を出す不器用さにも同意して愚痴は何も言わなかった。

月日の流れと共に名も無い小さなその店は相変わらず同じ処にあるが、
長年の常連客も序々に増えて、珍しい料理が評判を呼んでいる。
『オヤジもっと宣伝しないとこの店つぶれるゾ』と客が心配してくれる。
そんな事は25年前暖簾ほ出したときから解っている。
しかし現につぶれず続いている。それがひとつの答えだとオヤジは言う。
いくら好きな料理の道とはいえ、それを好んで食べてくれる人が居てこその
一人前の料理人である。馴染みの客といえども味を落とすわけにはいかない。
それが新たな客の判断ともなるからだ。

勝手な物語のような理屈かもしれなが  これが今の私に通じる。
どんな世界でも自分の信念を持たなければならない。
迷いや試行錯誤は避けられないらしても、最後は変わらず貫く信念が大事で、
負け惜しみの遠吠えでは役にも立たない。
生意気かもしれないが、絵描きという看板を揚げる限りは、                              それなりの料理を出し続けなければならない。                                          何が本物なのかは解らない、しかしせめて自分が客に出すメニューは                      自信を持って出す。それがせめてもの心意気というものだ。
表通りには生涯店を出すことは出来なくても、                                      それがオヤジの売りだと分かってくれるひいき筋を大切にして                                         少しでもこの道を極められればそれでいい


【2009/08/12 10:47】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
若い精神

青年はなけなしのお金で本格的な透明水彩絵の具を始めて買った。
そしてその発色の素晴らしさに驚いた。まるで子供が始めての玩具を手にした時の喜びに
似ていた。水で溶けるものならなんでも水彩絵の具だと思っていた青年は、                      始めて透明水彩という言葉を知った。
まだ絵描きとしてまだ生きて行く決心がつかず、絵の具も紙も何も知らず、                     
ただそのときの驚きを 制作意欲に変えた青年は無心に絵を描き続けた。                      描いた絵を見せて指導を仰ぐ師も、語る 友達も居なかったがそれでも毎日が楽しく、               アルバイトをしながら独学の道を突き進んだ。
かれこれ40年前の私である。

パレット 

いまはお金さえ出せばいくらでも高価な画材が買えて、探せば習える教室や学校も沢山ある。
その気になれば苦労をしなくても絵はいくらでも描ける環境があり、                                      逆に選択肢が多過ぎて困るくらいである。                                        地を這う様に必死な思いをしなくても絵描きにもなれる時代が 良いのか悪いのか判らないが…      人生を賭けるほどの情熱で自分の望みを貫こうとしていたあの頃の経験は                  無駄ではなかったと思っている。
不自由なく好きな事が出来るようになると、今度は素直で純粋な気持ちを忘れかける。
幾多の経験を重ねることで、したたかになることは良いとしても、                         仕事をなめて安易な気持ちではよい作品など描ける訳がない。
現実と理想の間を突き進むパワーは『若い精神』以外にないのかもしれないと、                今この歳に なった絵描きは自身を振り返りながらしみじみ思ったりすのである。

 


【2009/08/08 20:37】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
産みの苦しみ

産みの苦しみ

たかが一枚の水彩画だが、描く者にすれば心臓が口から飛び出そうなくらいの
緊張感がある。幾らこれが仕事とはいえ、そう簡単にはポンポンと描けるものではない。
日頃は生徒たちに気楽に描くことを教えているのに、いざ自分のこととなると
そうはいかない。情けない先生だち思われるかもしりないが、作品に取り組む気持ちは
私も皆と同じなのである。

昨日ようやく長い梅雨が明けて、暫く無かった教室も明日から再開する。
生徒達は作品展が終ってほっとしているが、私の方はこれからが正念場である。
アトリエにカンズメ状態といっても、週3日は教室に出掛けることになるが、その分ど
うしても筆が止まる。しかしそれも予定内のことで適当な気分転換にもなって丁度よい。
まだ道程は遠いが着実に秋のゴールを目指したい。
世間は夏休みモードでも私はお盆も夏休みも返上の戦闘モードが続く。

 


【2009/08/05 10:51】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
今年も始まる夏の陣

大阪夏の陣の始まり

個展を一回乗り切るには様々な準備が必要になる。
絵描きである以上は作品の制作に取り組むのは言うまでもないが、それだけでは始まらない。
他にも同時進行の作業が結構大変なのだ。人によっては作品が手元にある程度溜まった段階で、
個展の計画を立てる人も居るが、私の場合は日程が先行していて(一年一回)是可否でも              開かなければならないのである。                                                                             不定期で思いつきの様な個展はやりたくない。元来の怠け者は
だらだらと当ての無い作品を幾ら描いても意味がないと思っている。よって個展は個展として
その為だけにある一定の期間は集中して描くことになる。もう長いことこのパターンの個展が
定着しているので、およその段取りには慣れているものの、全く中味が同じという訳でもない。
第一作家の私自身が歳と共に年々変化する。周囲の状況も少しづつ変わる。作品もさほど大きくは
変わらりようはないが、それでも自分なりのテーマを幾つか持って纏める様にしている。

この個展準備の期間を私は勝手に『大阪夏の陣』と名付けている。
各地に出掛けての取材は既に終えて、後は仕事場に篭もって夏の盛りを過ごすのである。
例年なら梅雨明けの頃がその始まりになるが、今年は天候が定かでなてのでお神輿を上げる
タイミングもはっきりしなかった。しかし開催の期日は決まっているのでthymelimit。
今日からおよそ100日間の闘いを逆算カレナダーをにらみながらスタートさせる。
ついでに付け加えると、この3ヶ月の間の我が家は家族も巻き込みこの闘い一色になる。
いくら絵描きと言っても自分一人ではどうにもならならず、家族の協力は不可欠なのだ。                                    

戦闘開始は紙の水張りから

紙 

絵を描く者にとって紙はキャンバスで、それを画板に貼る作業を『水張り』という。
とにかく張る枚数が100枚ともなると、数種類の紙の裁断から入れてこの作業は数日掛かる。
地味な作業だが、この並んだそれそぞれの画面に私は作品を描いていかねばならない。
道の遠さでため息が出る。しかしそれはまた未知への挑戦意欲でもあって身が引き締まる
思いもするのでもある。
『何故100枚もの紙を用意するのですか?』とある人が私に尋ねた。
確かに一回の個展に必要な作品点数は多くても37点で、そんなに必要ないと言えばそうだが、
だからと言ってギリギリの数では仕事にならない。無駄になるのが分かっていても、敢えて
万全を期する意味から私にとっては必要な部分なのである。
戦場に赴く武士は、真新しい下着を身に着けて出陣したというが、それにどこか似ているのかも
しれない。勝つ為には気合いを入れて強気で臨みたいのである

このような途中経過を時々このブログにも書きたいと思っている。

                           


【2009/08/01 17:58】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
最新コメント

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

コンドルのプロフィール

コンドル

Author:コンドル
透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


| ホーム |