一枚の絵は…

一枚の絵

今更なんですが…
どんな内容の絵であろうと一枚描くのにはエネルギーが要ります。
私は元々小心者ですから真っ白な画面に最初に向かう時は、
口から心臓が飛び出そうなほどドキドキします。
人前では平気な顔をしていますが、それは気合で誤魔化しているだけ。
絵描きさんも様々で他の方はどうだか分かりませんが私はそうなのです。
でもそんな私でも我ながら改心の作が描けたときは、
自分に勝ったというか、ひとつまた壁を越えた達成感というか、
それでなんとか生き返れるのです。
不思議で勝手なものかもしれませんが30年そんな事の繰り返しでした。

kazuraIMG.jpg

頭や心の隅々まで何かを探して、これでよし!と度胸を決めようとすると、
いやまてよ、無理かな?そんな躊躇する気持ちが見え隠れします。
なんとかそれを払いのけながら私はエイヤーと画面に向かうのです。
もちろん職業絵描きですのである程度の自信はあるつもりです。
しかしああでもない、こうでもないと理屈を色々と並べても、
所詮は紙の上では素の自分との闘いでは何時も勝つとは限りません。
つまらない絵を必死な思いで描いて見栄を張る。
そうでもしないと本当に小心者の自分に負けるような気がするのです。
少しでも褒められる自分を見つけるために、
満にひとつの可能性に賭けて懲りもせずまた筆を執る…
それが絵描きが絵を描くという作業なのかもしれません。

今日は絵描きの本音の部分をちょっと書いてみました。


【2009/09/16 10:17】 最近の絵 | トラックバック(-) | コメント(-) |
小さな秋を描く

■秋になると野山には各種の実が生る。
雄大な自然もいいが、秋の訪れをこんな小さな実で
生活の中で実感できることもいいものだ。
鳥でなくても思わず食べたくなるようなモチモチとした
可愛らしい『シンフォリカルポス』の実が今年も花屋から届いた。

シンフォリカルポ.ス3JPG 

個展制作の合間に早速スケツチしてみた。
なにをどう描いても最後はいつも自分の絵になる…
進化しなければなにないことがある。しかし変えてはならないことも。
その両者のせめぎあいが、作品作りで一番大事なことではないかと
私は描きながら思っていた。

 


【2009/09/10 22:37】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
作品は進化しなければ

 

過日一年振りにあるグループの作品展に出掛けた。
もう随分長く続いているGPで、何人か知っているが、
それぞれの方が歳を取られてその作品にも若干『老い』が目立っていた。
仕方が無いのかもしれないが、昔を知るだけに複雑な心境だった。
人間は歳を取るのは当然のことで、身体のあちこちにガタがきて若い頃と違って                   元気がなくなり老化する。
しかし恐いことは、それが作品にそのまま表れてしまうことである。                            それはなにも他人事ではなく、私自身にも当てはまることだ。

90歳でもその実年齢を微塵も感じさせない作品を描く作家も居る。
そればかりか晩年ほど冴えて完成度が増すと言われるのは、飽く無き情熱なのか、
それても精神力なのか…。
人間としての体力にはおのずと限界があるが、内面の精神が常に前向きであれば
筆の動きも衰えず老化しないのか。そこが凡人との違いなのか。
昔の作品の方がよかったと言われてしまうと、もうお終いの厳しい世界なのだ。

他人のことは分かっても、いざ自分のこととなると自分では分からない。                        人は何を誇りとして、荷にを恥とするのかで生き方が決まってしまう。                             誰にも知られず独りこっそりと描いていれば、厳しい酷評を受けることもないかもしれない。
しかしそれでは絵描きである意味が無くなる。
私もアト何年描き続けられるか分からないが、年齢に逆らいながら                         
一歩でも日々高みを目指したい。
それが絵描きであることの唯一の証明と誇りではないかと思っている。

                        

                

 


【2009/09/06 00:26】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
絵描きの絵描きらしくない話

脇 役


演劇の世界には『脇役』と呼ばれる役者がいる。
長い芸暦を持ちながら、陰(脇)で主役を守り立てることを本分とする役者。
けして出過ぎず、且つ無くてはならない存在感を示すには、主役以上の芸が要求される。           脇役がしっかりとしていれば主役も安泰なのである。
組織も企業も有能な脇役をどれだけ揃えられるかが決め手とも言われる。
自分の分をわきまえながら全力で与えられた職分を果たす。                             その結果の華は主役に持たせることが出来る役者を『名脇役』と呼ぶのだろう。                      看板スターにもそれなりの役目はあると思うが、
脇役次第で自分が何倍も引き立つことを知る者が本物のスターなのかもしれない。
人間は誰でも自己顕示欲が強くて脇役よりも主役になりたがる。
おとなしくしていれば他人に追い越される生存競争の社会では仕方がないのかもしれないが、                                 世の中はけして主役ばかりで成り立たつものではない。影で支える者がいることを忘れては、        たとえ自分が主役の立場でも、道化の猿のように周囲から笑い者になるだけろう。                  己の分を知りその範囲の中で燻し銀のよな輝きを放つような役者は、                       看板役者を付け替えるように簡単にはみつからない。
所詮感謝の念もこんなところから湧き上がるのかもしれない。

今世の中では『武将』が静かなブームになっているらしい。
歴史に名を残した武将達にはそれぞれ独自の生き方あって、その将たる器の有り方に            現代人に示唆する何かが見て取れるのかもしれない。                                多くの家臣を抱え戦いに明け暮れた武将達だが、その根底には
如何に有能な家臣たちの信頼を勝ち取るかが最大のテーマだった、                        自分が果たしてどちらのタイプに属するのか…状況によって誰にも分からないが、                その時の光の当たり方がどうであれ、自分は自分らしく如何に生きるこをがベストなののか          それを誤らないことが自分探しではないだろうか。
現代人に欠けているのは自分に自信が持てないことだ。                               だからこそ自己の持ち分を知って懸命に働く家臣を最大に讃え大切に出来る器の武将に           惹かれるのも、今の時代では解るような気がする。

人の生き方は様々で、自分の事は棚に上げても他人のことはよく見えるものだ。
どうすれば胸張って自分らしい役柄を生涯まっとう出来るのか…                         
どうやら他人のことが正確に解らないと、自分のことも解らないみたいである。                  強い主体性を持つ為には一旦自分を白紙に戻せることが不可欠な条件かと最近よく思う。


【2009/09/02 00:45】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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