作品はやっぱり読まれるものだ


ある筝曲の家元とお会いする。
門下数千人を率いるだけあって、歳をとっても矍鑠とされていた。
昔縁あって知り合った方だが、私の個展にも時々来て頂いている。
専門外ながら一芸に秀でた人の目(感性)は確かなものがあり(目が糖尿病で殆ど見えず、
作品は近づいたり離れたりして観られていたが)的確な感想を聞かせて頂いた。
また大勢の門下を率いる心構えや、歳は取っても精神のあり方など種々の話お聞きする。
力に余裕のある人は枝葉のことが解らなくても、根底にあるものを見抜くことが出来るのかと
改めて思った。

『昔から見せてもらっているが、最近になってようやく少しは分かるようになってきた』と
いう人もいた。作品は進化する。それと同様に観る側も進化するのである。
昔感じた印象と年数が経った今と同じであるわけがない。                               
『読み方が変わる』のは当然で 大事なことは、                                                  それに耐え得る作品であるかが作家には重要である。                                  その読まれ方を敏感に キャツチする場が個展の場ではないかと私は思っている。
単に出来上がった作品を観て貰うだけなら、会場に終始作家が詰めている必要もない。


【2009/11/28 23:53】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
観せ方

 

絵(作品)は観てもらうものではあるが見世物ではない。
変な拘りかもはれないが・・・                                                    勿論芸術家の思い上がりのつもりでは毛頭ない。                                       描き手としてひとりでも多くの人に自分の描いた作品は観て欲しいと思う。                         しかし媚びる様な見せ方(見られ方)や芸の切り売りのような底の浅いものにしたくない。                 年季をかけた専門家であれば、達者な表現が多少は出来るかもしれない。                         だがそうであっても見世物にしたくないである。
懸命に何かを伝えようとする作品の言葉を聞き取ろうとする人にこそ観て貰いたい。
絵描きは親馬鹿であっても厳とした厳しさも持っていたいと思う。

私は過去自分の個展を含めて約60回以上の展覧会を企画開催してきたが、                       展示する作品をどのように展示するかを大事にした。                                      いかに自信のある作品であっても壁に並べれば良いというものではない。                         額縁から照明、壁面レィアウトまでをトータルに計画しなければ、
作品そのものが死んでしまう場合さえある。                                           会場全体が纏まったひとつの作品に出来るか。最後『見せ方次第で決まる。                        個展を数日後に控えて、私は今慎重に最終の展示計画を立てている。


【2009/11/16 11:31】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(4) |
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絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




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