風情(ふぜい)
この時季どこからともなく鈴虫の鳴き声が聞こえると秋の風情を感じる。
風情とは個々の生い立ちや教養や美意識によって、一口に定義することのできない。
東洋的な侘び寂びにも通じる曖昧な言葉で、自然の森羅万象に何等かの意味を
持たせようとする価値観は西洋には無い。
故にそれに憧れる外人も多いが、最近は日本人がこの心(感性)で感じる部分を失いかけている。
日本人の美意識が特に優れているとは言わないが、
何もかも数値や形のあるもので理解しょうとする西洋的な捉え方には
どうしても無理があるのも確かなようだ。

例えば巨大なスーパーコンピューターも原理は1と2の配列を繰り返しただけの仕組みで、
それ故に処理するスピードも早く間違いも無く動く。
だがイチとニの間にある曖昧な部分にこそ、機械では読み取れない大切で奥深い情報が隠れていると思う。
たとえ自ら学習して進化するロボットが生まれたとしても、きっとそれにも限界があるはずだ。
風情とか情緒といったものは個人の感情だけではなく、その国の長い間の風土とも関係していて、
広く言えば文化そのものと言っても過言ではない。
そんな部分が時代と共にこの国に無くなりつつあるのは残念でならない。

景観や文化を保存するのも結構だが、それを観て何を感じるかはその人の心のありよ次第で
その人の精神文化が無くなってしまえば、形だけが残って文化そのものは形骸化する。
それではなんの価値も意味もなくなるのではないだろうか。
おそらくこんなことぐらいは中学生にでも解るはずだが、社会の構造が変わると
人間の意識の質までが次第に変わってしまう。
それも時代の風潮で仕方がないと済まされるだろうか。
私は本来備わっているものが無くなる訳がないと信じたい。
そう信じられなかったら絵描きが絵を描く意味もなくなる。
覚醒とまで大袈裟ではないが、何等かの心の想いを呼び起こして貰う為に
我々は絵を描いている。
非生産的な仕事でたとえ拙い作品でも、それを観て忘れかけていた意識を蘇らせて貰えれば、
絵描きはそれに勝る喜びはない。
少なくとも私はそんな願いと日本人としての誇りを持ちながら、
これからも絵を描き続けて生きていきたい。

【2011/09/23 22:04】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
心の楽器
若い頃何が原因だったのかは忘れたが、一時期音楽に憧れたことがある。
勿論高価な楽器を手にするほど経済が許さなかったが、
音器の音色が心地よく聴こえることに子供ながらにも不思議だった。
今も楽器など何も弾くことは出来ず、専門的には解らなくても、
単純に音の出る楽器が好きで、その音色から様々なイメージが膨らむ。
リズム感とか音色とか漂う空気感などは私にとって、今も大事な要素だと思っている。

人間の興味は一長一短に沸くものではない。
心の奥底で眠り続けていたものが何かの縁に触れて蘇るのかもしれない。
意味は若干違うけれども『琴線に触れる』という言葉があるが、
個々に持つ潜在的な心の楽器に何かが共鳴(反応)したときに作品が生まれるような気がする。
また実際に楽器は弾けなくても、生まれ持った心の楽器に、自分だけの音や旋律を乗せることを
一般的には感性というのかもしれないと思う。
今も心の中の楽器をあの頃のように弾くことが出来るだろうかと自問してみる。
そんなことが一体何になる?と聞かれると返答に困ってしまうけれども、
世に大事なものほど目には見えない。だからこそそんなものに触れた時には
人は理屈抜きで感動出来るものだと思う。
マンドリン

余談だが、楽器を何か使える(弾ける)人は絵も結構上手い。
どうやらそれは技術云々よりも感覚的な部分を先行させて描くからではないだろうか。
『もしもピアノが弾けたなら・・・』西田の歌をふと思い出すが、
歌も顔で歌うものではなく、どれだけ思いを込めて歌う心を持っているかである。
逆に言えば技術優先の絵よりも、心が篭もった絵に人は引き付けられるのであって、
心(魂)の篭もらない絵には共感出来ないのかもしれない。
別にピアノが弾けなくても構わないわけで、心の中に幸せを感じて、
楽しい人生を送ろうとさえしていればそれでいいわけで、
そうする事が全てに通じて行くのではないだろうか。


【2011/09/12 00:47】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
自分のリズム
いつの間にやらクーラーの風が冷たく感じるようになった。
秋の訪れを待つ虫も今年は幾分静かなような気がするが、ようやく夏の終わりを感じる。
災害が続き自然の天候もバラバラで、昔のような季節感も年々無くなりつつあるのは淋しい。
何事も普段のリズムが乱れるとろくなことがない。
その都度臨機応変に対応が出来れば問題はないが、なかなかそれも難しい。
だからリズムやバランスは崩れない方がいい。
何をやるにもその人なりのリズムがある。それは長年同じ事を続けたことによるもので、
順調に仕事が運ぶときはこのリズムがよくて、反対に失敗したときはどことなくぎごちなく
後の疲れも何倍にも感じるものだ。
結局『自然体』とはこの無理をしないということだと思う。

これはちょっといつもと違う?その微妙な違いに気付くことが大事なのかもしれない。
勿論大自然の働きのように気付いてもどうにもならないこともあるが、
仕事上のことや日常の身の回りで異変を感じたら要注意で、
何かで無理な事をしているのでリズムが壊れ、それを修復しょうとすると
更に別の無理を重ねてしまう。
人間は機械と違って理屈通りにはいかないが、
意外に物事の失敗した原因を自分なりに考えると、
普段と違うことを突然始めてリズムが狂ってしまうことが多いような気がする。
何があっても淡々と・・・これもなかなか難しいことだが一番くやしいのは、
自分以外の要因で、本来の自分のリズムが狂わされてしまうことだ。
だからそれだけは絶対になりたくない。



【2011/09/10 23:04】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
魔法の粉
子供の頃
科学調味料の『味の素』を私は"魔法の粉"だと信じきっていた。
これさえ振り掛けると料理がなんでも美味しくななった。
詳しい根拠や成分など解らぬままに盛んに使っていたのを覚えている。
味覚が肥えて飽食の時代となった今では、他にも数多くの調味料が出回って、
日本の高度成長期を象徴するように現れたこの魔法の粉の存在は
いつの間にか薄くなってしまったが、当時はまさに万能調味料だった。
そんな魔法の粉を食卓で久々に見かけてが懐かしかった。
魔法の粉
色んな事に対して、多少の事では驚かなくなってしまった。
それは果たして幸せなことなのだろうか?
何も無い貧しい時代の方が、素朴なことが新鮮に喜べたような気がする。
あのキラキラとした白い粉をもし頭に振り掛けると
昔の頃の感性が取り戻せないだろうか・・・
下手でまずい絵に一振りすると、見違えるような作品にならないだろうか^^;
そんな馬鹿なことをふと思った。


【2011/09/06 01:13】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
ゲリラ豪雨
他所事と思っていたゲリラ豪雨が我が街を突然襲いました。
何の前触れ(予報)もなく、一時は大雨警報が発令されるほどの凄まじさでした。
地域によっては車も流されていたと聞いたが、あれはまさに南方のスコールのようで、
とても傘をさして歩けるような降り方ではなかったです。
日本列島が亜熱帯気候に変化しているとある学者は言っていたが、
近年の猛暑を含めて確実に気候が狂いつつあるのは確かなようです。
自然現象は人間の力でどうにもならず、いまから昔に戻すことは出来ません。
人類が待ち望んだ西暦2000年の21世紀が、まさかこんな苦難の多い世紀になるとは。。。

先の東日本大震災、干ばつによる食料難や、エネルギー問題、
更には過激な殺戮を繰り返す国々の現状等をみるにつけて、やりきれないものがあります。
とは言いながらも・・・まだ自分とは直接に関係が無いと思ってしまう部分も正直あったのですが、
流石に先日のゲリラ豪雨を目の当たりにすると、これはただごとではないと実感させられます。
社会のそんな不安を他所に、暢気に絵など描いていてよいのだろうか・・・
忙中閑話ながら、ふとそんな事も考えてしまいます。
coffee.jpg

そんなときにまた大型の台風が日本に接近しているようです。
人命財産を脅かす災害にならず、そっと秋だけを運んで通過してほしいものです。
どうぞ皆さんもお気をつけて。
【2011/09/01 23:24】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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