無礼者
海千山千のこの世界に長く居ると、
個展などで、同業者ながらも呆れた無礼者に出会うことがある。
無礼とは非礼と同じ意味で、いくら足を運んでもらったお客と雖も
人格を疑う非礼は見過しには出来ない。
例えば、
個展の受付に置いてある芳名帳を、自らが記帳する前にぺらぺらと捲って、
他に誰が来ているのかをチェックする者がいる。
どこの世界に結婚式の受付の前で芳名録を捲るような非常識者が居るだろうか。
この作家はどんな作家との繋がりがあるのだろうか・・・と
気になって確かめたいのは判るが、
他人の家に招かれてその家の貯金通帳をこっそり覗く客がもしいたとしたら、
無礼者!と一喝されて追い返されるだろう。
私は会場でそんな客を見かけたら『何かお探しものですか?』言って制止をする。
言われたご人は無論恥ずかしそうにしている。

とかく芸術家などと呼ばれたりする者は、自由人をよいことに非常識であろうが、
自分勝手な理屈で世渡りをしても、許されると勘違いを起こしがちである。
しかし、そんなものではけしてないはずだ。
まだ世間を知らない若者ならいざしらず、もうそこそこの年齢でありながら、
そんな事が分からず平気でいられることが信じられない。
若かろうが年配者であろうが非礼は非礼で、誰に対しても無礼は無礼に当たるのは当然だ。
媚へつらうことも無く、見栄や虚栄も肩書きにもなんら変わることなく、
礼には礼を持って接する当たり前のことを忘れてはならないと思う。

間違い電話から始まって無礼な輩は探せばいくらでもいる。自分の正体さえ相手に知ら
れなければ、無礼な事も平気でいられるのは人間として失格である。無神経で配慮を欠く
振る舞いほど、はたからみて醜いものはない。それは自らの墓穴を掘る以外のなにものでもない。
このような品位を欠く言動だけは私自身も厳に戒めたい。

一事が万事というわけではもなく、堅苦しさや厳格なことばかり言っていたのでは肩が凝る。
適当に目を瞑って済ませる事もあってよいが、笑って済ませられないことも物事にはある。
礼儀とか作法など今の時代にはそぐわないという意見もあるかもしれないが、
時と場合によれば失笑されて命取りにもなることもある。
それを知らねばこの世の中は生きられない。
現実社会の目はそれほど甘いものではないと言いたい。


【2012/01/17 00:30】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
低迷気分
今年のお正月は昨年起きた大惨事や長引く不況の影響なのか
どこを見ても今ひとつ華やいだ雰囲気も、街行く人々にもどことなく元気が無い。
世情を思えば当然かもしれないが、気分までしらずしらずに落ち込むのはよろしくない。
低迷する雰囲気が社会全体に充満すると益々気分が重たい。
不謹慎に『自分には関係ない無などと言うつもりは毛頭ないが、こんな時ほど
元気を出して雰囲気にのみ込まれないようにすることが大事ではないだろうか。
私独りがこんなことを叫んでも何の効果にもならず、今年こそは良い年にしようと
思ったところでどうにもならないことも分かっているが、まるで出口の見えない迷路のようで、
年頭そうそうからこんな書き出しをする事自体があまりよろしくないなあー。

【2012/01/09 00:18】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
雑感
あれだけ必死で頑張ったのに

結果がいまひとつという経験を我々は時々する。
まるで手のひらから水がこぼれ落ちるように、後に何も残らなかったのは、
受けた手のひらが悪いのか、それともこぼれた水がいけなかったのか。
こんなはずではなかったのにと、我が手を眺めて思うものだ。

物事の努力は報われる方が稀で、期待外れが世の常だとはなかなか思えない。
残念で悔しい気持ちは本人でなければ分からない。
だが過ぎたことをいつまでも悔やんでいても仕方がない。
一見無駄で遠回りのようであっても、たとえ形として何も残らなくても、
時がその訳(意味)を教えてくれるかもしれない。
だから落ち込むこともなく、気分を取り直して前向きに
懲りないこと、諦めないことが報われる第一歩だと信じたい。


【2012/01/06 01:39】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
年賀状
今年も新年そうそう沢山の年賀状を頂いた。
色とりどりの賀状の中に、毎年ひときわ目を引くものがある。
それは中学校の先生をされている方のもので、毎年暮れになると
数百枚の賀状を一枚一枚手書きで書かれると聞いた。
部屋中所狭しとなる状態でも、いまだにそれを続けられている。
パソコンの普及で誰でも簡単で綺麗な印刷年賀が刷れる時代で
また虚礼廃止や年賀はメールで済ませるご時世にあっては、
とかく人間は分かっていても楽な方へと思考が向くものである。
HP元旦

たとえ玄人はだしでも味気無く無機質な年賀状に混じって、温もりのある
労作業の末に届けられるこの方の年賀状を見る度に、私はその手間や
情熱を考えると頭が下がる思いで拝見させて頂いている。
そして今年は逞しい龍の絵が墨痕鮮やかに描かれていた。
わざとらしく目立とうとするのは論外として、誠実に淡々と自分を表現すれば
それは何時かは報われるはずで『真心は手を抜いては相手に響かない』ことを
教えられるのである。
他人のやる事を真似は出来ないが、生きる姿勢は充分に参考になる。
今年はチョットそんなことを意識した一年にしたいと思う。


【2012/01/04 12:35】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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