台風接近のため

台風17号の接近で、
今日の水彩画教室は休みにしました。
長い教室(28年)で台風の為に休んだのは今回が初めてです。
朝から予報を睨みながら、幹事さんに連絡を流すタイミングが難しく、
さいごは皆の安全を第一に決断をしました。
案の定教室の時刻になると風雨も強まり警報も出されましたが、
それぞれ連絡をもらった生徒さん達は、よかったと思ったか、
それとも残念に思ったのか・・・
できれば後者であってほしいものです(笑)

子供の頃は台風が来ると、何故かワクワクしたものです。
よく停電にもなり、ロウソクの灯りでカンパンなどをかじりながら
暫く息を潜めて台風が通過するのを待ったものでした。
そのくせ朝になって警報が出たりすすると、学校が休校になって大喜びする。
今から思えば随分と不謹慎なことでした。

雨戸を全部閉め切った薄暗いアトリエの中で
たわいも無い昔のことをふと思い出しました。
さて、台風一過の明日は秋晴れになるでしょうか。

【2012/09/30 22:24】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
ハラハラドキドキ
今年も11月に個展を予定している。
いつものように期限が迫ってくるにつれて胃が痛くなる。
作品を必要な点数用意出来るかどうか、
少しは前回よりもましな絵が描けたか等々でハラハラドキドキする毎日が続く。
慣れているので余裕があるだろうとよく言われるが、そんなことはけしてない。
逆に慣れるが故に余計に怖さが増すものだ。
どんな仕事も同じでそれをこなすためのプレッシャーはつきものだ。
唯一の救いはそれでも毎回乗り切れているという自信で、
過去の実績は諸々の不安を打ち消す原動力になっている。
何があっても過去一度も予定を中止したことや、会期を変更したことも無い。
地を這ってでもゴールに滑り込んでいる。
年々厳しい状況になっているとしても、もしこの実績が無ければ、
どんな計算も立てられず、焦りだけが増すだけだろう。
今年も気分的な余裕など全く、綱渡りの連続には変わりがないが
『大丈夫だ』と孤独に言い聞かせて頑張るしかない。

幾ら焦っても妥協はしたくない。
同じ事を繰り返していても新たな気持ちで向かいたい。
28回個展までアト56日。

【2012/09/18 20:52】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
イェイライシャン
ご近所の方からイエィライシャン(夜来香)という花を頂いた。
漢字表記でも判るように夜になると咲く花で、直径数ミリの小さな花が
沢山付いていて強い香りを放っている。
(別名をナイトジャスミンともいうらしくジャスミン科の香木)
観掛けは小さいが、花瓶にいけて置いているとアトリエ中がまるで
上海辺りの薄暗い夜の店の様に、なにやら艶めかしい(笑)
そんなわけでか『夜来客』とも呼ばれることもあるとか。
しかし、世の中にはまだまだ知らない植物があるものです。

イェイライシャン

さて、そんな香りに包まれた管理人は今夜も独り徹夜仕事。
連休も敬老の日も関係無く、ひたすらゴールを目指す日々が続きます。
どうぞ皆さんはよい休日をお過ごしください<(_ _)>



【2012/09/16 22:51】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
俗化する
9月というのに暑かったが、先日京都の伏見へ教室の生徒さん達と出掛けた。
笑ってはいけないが・・・描くべきポイントを探すよりもまづ日陰を確保か。
『そこどけそこどけ絵かきが座る』・・・
命あっての芸術とばかり歩道に陣取った街のアーチスト達(爆)

伏見スケッチ会3

20年振りの伏見周辺は、竜馬ブームに乗って随分綺麗な町並みになっていた。
昔来た時は生憎の雨で訪れる人影もなく酒蔵が並ぶ町並みは風情があった。
年月が流れて名称や地名だけは残っているが、長い歴史が発していた趣が
人工的に手が加えられ、綺麗過ぎて本物でなくなっていたのにはガッカリした。
何もしないで放置すればただ朽ち果てるのを待つだけとなる。
致し返しながら、文化の保存を観光資源にしてしまうところから、
俗化という弊害が起こるのだろうか?などと絵描きは勝ってなことを思った。

雨の伏見

独り雨宿りをしながらこの絵を描いたあの頃が懐かしい。



【2012/09/11 10:34】 過去の作品から | トラックバック(-) | コメント(0) |
諦めないこと

最初は今日も頑張るぞ!と張り切るが、途中で筆を投げ出す人がいる。
どこか上手くいかなかったか、失敗に気付いたのか・・・
その原因は色々でも、結局ゴールにまでたどり着けずにリタイヤする。
絵って不思議なもので『駄目だこりゃ』と思った瞬間から本当に駄目になる。
しかし最初からトントン拍子に調子よく仕上がることもない。
色が濁ってしまったり、形が狂ってしまったり、それはもう様々で、
イメージ通りにならず何らかのアクシデントにも見舞われたりして
結局最初の意欲が失せて描く気が無くなってしまうのである。
気持ち的には解らなくもないが、たとえ何らかの不都合が起きても、そこで諦めて
しまっては先へは進めず、その日の絵を完成させられない。失敗作でも不満でも
とにかく最後まで描きあげる気持ちがなにより大事ではないかと思う。ところが横で
指導にあたりながら私が幾ら激励しても、ご本人がその気にならなければお終いで、
その人の性格的な部分ばかりは他人がどうすることも出来ないのである。

何かにつけて調子が良いときは機嫌がよいが、思い通りにならないと
途端に腹が立ってくるものだが、そんなことでは何事も達成できない。
それでも気持ちを切り替えて描き続けなければ長い目でみた上達も無い。
一枚の絵を描く上で一番の難問は、如何にしてこれらのアクシデントを切り抜けて
更に良い方向へと進められるかどうかである。
大阪弁で『こけてもただでは起きへんで』とも言うが、
まさにその通りで、たとえその絵の出来栄えは不満足であっても、
途中で止めてしまっては何のプラスもない。とりあえずは仕上げる。
そこから何かひとつでも発見が出来てひとつの自信に繋がればそれだけでよいのです。
立派に仕上げて誰かに誉めてもらおうとか、額に入れて壁に飾ろうなどと
たいそうに考えると途中で腰砕けになる。
だから『もう少し肩の力を抜いて描きましょう』と私はよく言うのです。


【2012/09/09 01:35】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
生業(なりわい)
 ■絨毯職人の話
何処かの遠い国(多分インドかペルシャ辺り)では、昔から高級ダンツー(絨毯)が盛んに織られていた。
凄いものになると、一人の職人が一生涯をかけて一反を織るという。
気が遠くなるような話だが、その仕上がった絨毯は次の世代の子に財産として残してやる。
その親もまた同じ職人の親から残してもらった絨毯を金に替えて暮らしを立てる。
今の時代ではとても考えられないが、幾ら世襲の職人と言えども、
ひとつの仕事を死ぬまでかかって仕上げるという根気や執念には凄いものがある。

一生涯はオオバーでも、ひとつの品物(作品)を長い年月をかけて完成させる。
(職人はそれがお金の為で芸術品など思わない)
延々と黙々と同じ制作の作業を続けるのは常人では出来ることではない。
私が何故こんなことを思い出すのかといえば、経済や時間、或いはその他諸々の
自分を取り巻く環境の中で、ともすれば人間の本来あるべき姿を忘れ、目先のことだけに囚われて
仕事の中味まで見失ってしまう場合があるように思うからである。
上記の様なことが何処かの地域に実際にあるのかないのか本当のところは分からない。
職業選択の自由のない身分制度の結果なのかもしれない。しかしそうであっても、
以上の欲を捨て、自分に与えられた仕事を懸命にまっとうしょうとする生き方には
ある種の強さと尊敬にあたいするものがある。
口で偉そうなことを言いながら、その実はこの無名の絨毯職人にも及ばないのではないかと
自分自身が恥ずかい。絵描きを一生の仕事だと公言しておきながら、
ああでもない、こうでもないと周りの状況にいつも振り回されて、
振り返ればどれだけの仕事が出来ているのか・・・。
まだまだ真剣さが足りず、適当にお茶を濁して誤魔化してはいないかと、
自己啓発の意味で私はこの絨毯職人の話を思い出しては気合を自分に入れなおすのである。

街のアートスト

絵描きといえども、それは生きる為の生業(なりわい)である。
他の者は知らず私自身はそう思って今日まできた。
貧乏絵描きとはいえ仕事は懸命に手を抜かずにやってきた。
道楽のつもりでは毛頭無いつもりだが、まだまだ取り組み方が甘いと反省もするのである。
生き方がそのまま絵になると云えば格好よすぎるが、本来はそうなんだろうと思ったりもする。


【2012/09/08 22:26】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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