芸術屋
 絵は誰にでも描ける。

しかし作品はそう容易くは描けない。

たんなる絵と作品の違いは、

自分以外の第三者に何等かの気持ち(メッセージ)や

思いを込めて描いているかどうかである。

技術の有るなしや、上手下手の問題でもない。

要は描き手が何等かの思いを込めて描いたかどうかである。

心の篭もらないうわべだけの絵は魂のレベルでただの絵である。

そんな絵を幾ら沢山描いても、本人の自己満足に過ぎず

作品としての評価は低いだろう。

『こんなくだらない絵を描いていてどうするのだ!』と

厳しい評価を自分自身で下すべきで、

その精神が大事ではないのか。

私は芸術家という言葉は好きではないが、

その道に愚直に徹し切るという意味で

芸術屋にだけはなりたくないと思う。





【2013/01/12 20:31】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
雑草のおおばこ
踏まれても踏まれてもまた立ち上がるのがこの草の性質だと思われている。
しかし実は踏まれることを繰り返していると、ついには地面に横向きに生えるという。
つまり一般的に言われているよりも更にしたたかというか賢くて逞しい植物なのだ。
そして横倒しになって踏まれてすり潰されることによって、今度は自ら粘りのある栄養素を
作り出して繁殖する。踏まれることで子孫を残し増やしているのである。
強くて逞しく生きることの喩えに使われる雑草だが、知れば奥が深く示唆ににとんでいる。
まさに『たかが雑草、されど雑草』である。
形振りかまわずとか、七転び八起などとよく言うが、何があっても強靭な精神を持ち続けるのは
容易なことではない。その場から逃げ出そうと思ったり、ひとりで落ち込んだりもする。
絶対絶命の苦境に立たされても、へこたれずに前に進んだ経験だけがものをいうのかもしれない。
生きた経験の積み重ねほど強いものはないと改めて思う。

今は社会の情勢が先行き不安定で誰もが元気がない。順風万般で落ち込んだ経験の少ない
者は、思わぬアクシデントに遭遇するとお手上げになる。人間力が弱ければ知恵も沸かない。
社会も個人もどんな状況になろうとも絶対に音を上げないで生き延び方を探る。
それが今年のテーマになるのかもしれない。

年明けそうそう私は飽きもせずまた北の大地へ旅立つ。
彼の地は例年になく降雪量が多いらしいので、気合も必要だが反面わくわくもする。
緑に覆われ花も咲くような、そんなのどかな風景が嫌いというわけではない(そんな絵も描く)
川のせせらぎや小鳥のさえずりを聞きながら、のんびり絵を描くのも悪くはない。
どちらかと言えば、その方が性に合っているかもしれないが
それでは絵は描けても作品が描けないのである(勝手にそう思い込んでいる)



【2013/01/04 20:56】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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