紙一重
ある知り合いの大先輩画家が

『近頃は嫌な絵を描く絵かきが多くなった』と嘆いていた。

絵描きは良い絵を描くための努力は骨身を惜しまないものだが、

悪い絵を描かない為の努力は意外としないものだ。

"しない"と言うよりも何が悪いのかが解らないのかもしれない。

紙一重の違い・・・簡単なようで難しい。


【2013/05/29 18:05】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(2) |
子供の目
とある田舎道をとぼとぼ歩いていると
後ろからランドセルを背負った小さな男の子が私に声を掛けてきた。
『あのう~チョツトお聞きしますけど、男の人ですか?女の人ですか?』
『うん?なんで?』と聞き返すと、
私を見て自分の頭に手をやりながら『頭の毛が・・・』
そうか!私は髪の毛を後ろに結って帽子を深々と被っていた。
それを後の方から見てたので性別が判らなかったようなのだ(^^ゞ

最近では珍しくないスタイルだと思っていたが、
田舎にはそんな妙なおっさんは見掛けないのだろう。
『君は何年生?』と尋ねると一年生だと言う。
愛想よくて人なっこいのに礼儀正しい。
都会の子供に声でもかけようものなら、
人攫いでも見るように、返事もしないで逃げていく(爆)
環境が違うと子供も大部違うと思った。

見れば田んぼの中には、大きな鯉幟が泳いでいた。


【2013/05/29 10:47】 股旅日誌 | トラックバック(-) | コメント(0) |
あまりに悲しすぎる
『食べさせられなくてごめんね』というメモを残して
若い母親と三歳児の二人が餓死状態で発見された。
電気もガスも止められ、貯金通帳も残高ゼロだったとか。
子を持つ母として、どれほど悔しく無念であったことだろと察するにあまりある。
こんな痛ましいニュースが現実に流れる社会が、ほんとうに福祉国家と
言えるのだろうかとやりきれない憤りを覚える。
『何故SOSを発しなかったのか』と母親を責める前に
そんな信号が配信し易い環境の無いことを問題にすべきである。
他人のことなど我関せず・・・
そんな無慈悲な人間が増える社会はけして文化的とはとても言いがたい。

私はしがない貧乏絵描きで、我がまま勝手に生きている。
世の中にも何の影響も与えられない人間なので偉そうなことは言えないが、
せめて他者を慈しむ心ぐらいは死ぬまで持ち続けたいと思う。

どうか天国では、亡くなった親子が楽しく笑って暮らせるようにと
祈らずにはいられない。
合掌
【2013/05/27 23:28】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
飽くなき修行
スポーツも他の芸事も修行(練習)を欠かすことはできない。
修行と名のつくものには楽なものはなく、それをパスして上達は望めない。
修行とは技術と気持ちの修練である。同じことを繰り返し練習を重ねることによって
自信が生まれ、更に新たな意欲を湧きたたせるものである。
この一心不乱の修行に耐えられる者だけが、
確実に実力を高めることができる。

出石鐘楼2
『こんなことを繰り返して何になるのかとか?』とか、
結果がすぐに出ないとに全てが無駄に思えてしまうこともある。
『継続は力なり』とは飽くなき執念の同意語。
そして孤独な格闘技の相手は他ならぬ自分自身であり、
安易な妥協によって後に生でじる不安な気持ちは誤魔化せない。

【スケッチは出石辰鼓楼】

【2013/05/26 01:29】 最近の絵 | トラックバック(-) | コメント(0) |
志は高く持ちたい
なんだ青臭いと言われるかも知れませんが、
それでも私は志は高く持ちたいと思います。
絵描きなんて社会にとっては何等生産的な仕事とはいえず
自分勝手な自己満足は出来ても、
ともすると他者との拘わりが希薄になりがちなものです。
自分の人生を自分なりに精一杯に生きるのは当然として、
それも何等かの志があればこそ可能になる。
社会貢献などとたいそうなことを言うつもりはありません。
ただ私は芸術家云々する前に、人間としての志は高く持って生きたい。
自己顕示欲も場合によれば必要ですが、
他方では社会や他者に誠実に拘わることも優先させたい。
奇麗事だと笑うのは簡単です。
しかし人は自分一人で生きられないのも事実です。
今も何処かの誰かの支えがあると感謝する。
そんなことさえ自覚出来ない者が
他人の心を揺さぶるような作品が描けるわけがない。。。

わざわざ声を出して言うこともなく、
密かに秘めた志は生涯高く持ち続けたい。
たとえ一寸の虫にも五分の魂
そんな気概を大事にしたいと思います。


【2013/05/19 22:03】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
出石写生会
過日教室恒例の一泊写生会に皆で行きました。
蕎麦とこうの鳥で知られた兵庫県の出石(いずし)は小さな城下町で
シンボルの鐘楼や300年続いている酒の蔵元が建ち絵になるポイントが沢山あります。
ただ観光地にしては宿泊施設が無く探した挙句、民家を改装して一棟借り切るという
(飲食その他のサービスは一切無し)旅籠を見つけ、そこに全て持ち込みの学生気分で
費用もリーズナブルに泊まれて皆満足してました。


出石こうのとり画像 011

それぞれのポイントをみつけて描き出す生徒さん達を、行ったり来たりで追いかけ
結局今回も私は一枚も描けずでした。
何時もそうなのですが、道具一式持参するものの、自分が仕事に没頭してしまうと
生徒さんの指導が疎かになる。だからやっぱり自分は腰を据えられないのです。
宿に戻って合評のときに、実際に自分もその場を一応見ておかないと、構図やその他の
適切なアドバイスが出来ないこともあってしっかり観て回ります。
その分汗もしっかりかきました(笑)

出石酒倉画像 006

この日の経験が来年に生かされることを願って、また元気に出掛けたいと思います。
皆さんお疲れさまでした



【2013/05/17 11:22】 デジコマ | トラックバック(-) | コメント(0) |
若さの秘訣は心のビタミン

■年配の人が集まるときまって話題になるのが老後のことや年金のこと。
歳を取ると何かにつけて先細りになる事も多く、つい夢も希望もない話題になって淋しい限りだ。
万事受け身の姿勢ではやがて臆病になり諦めや愚痴に繋がる。
それでは健康はおろか余計に老化に拍車が掛かる。挙句には周囲からも疎まれて
これからの高齢化社会で行き場すらも無くなってしまうような気がする。
かといって気休めの逃避や見せ掛けの若作りなど何の役にも立たないし、
他人に元気を貰うなんてことも一過性で、半日も経てば消えてしまう。
『泣き言や愚痴は死んでから墓石の下でゆっくりすればいい』と吾人は言うが、
そんな気概を持って実年齢はともかくとして、せめて気持ち(精神)だけでも
溌剌と過ごしたいものである。

こんなことを言うと『誰も好き好んで年寄り臭くなる訳ではない!』とにらまれそうだが、
それを承知で言わせてもらうなら、心にビタミンを与える部分は自分で探すしかなく、
他人が与えてはくれない。
何かひとつでも平凡な日々に緊張感の持てるものがあれば、歳のことなど考える暇がなくなる。
最近はなにを見ても聞いても感動もしない・・・生きる輝きを失うことは恐い。
いろんな事にチャレンジして、何かを吸収しょうとする人は逆に元気で前向きである。

私は数年前から請われて市民講座の講師をさせてもらっている。
そこには平均年齢が60歳以上の年配が集まるが、皆さん意欲的で元気で明るい。
お世辞にでも上手とはいえない水彩画でも、一生懸命に取り組む姿勢が素晴らしい。
カラオケでも山登りでもきっとそれは同じだろうと思う。
わいわい賑やかに仲間たちと過ごす時がその人のビタミン摂取で、
共通の趣味でお互いのビタミンのやり取りが出来ると益々元気が出るようだ。
(性格が左右する場合もあって一概には言えないが)
心に覇気の無い人は日常の生活にも変化が無く、総じて孤独な人ほど老化も早い。
毛頭私如き者にはそんな力はないけれども、様々な仕事のひとつとして、
そんな年配者達に若返りの場を少しでも提供できれば絵描きとして本望なのである。
 

【2013/05/15 10:42】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
模写
ある生徒さんから『先生の作品を模写してはいけませんか?』と尋ねられた。
確かに昔前は、模写・臨写等の絵画習得法があって(日本画の世界では今も
行われている)全く無意味ではないのかもしれない。
しかし伝統の技を継承することに重点を置くのではない水彩画には
あまり適さないと私は思っている。
幾ら表面的なテクニックを真似ても、自分のものにはならない。
それより思考錯誤しながら失敗を繰り返した方がはるかに実になる。
焦って短時間に上達を望むと意外にこんな発想が湧くものである。
上達したいという思いも判るので、私はそんな生徒さんには次のようなことも言う。
『画風や表現の形なんかはどうでもいいのです。大事なのは描く人の気持ちです。
その作家の精神を汲み取る(盗む)為の一手段としてなら、模写も有効かもしれ
ない。しかしその為には描かれてある現場に自分も立って(実際には描かない
までも)その場の空気を感じない限りは無理ですよ。』と。

色も形(構図)も大事だが、もっと大事なことは描き手が感じた空気感で
それが個性でもあるはずだ。しかしこの部分を忘れて、技術だけを身につけても
あまり意味が無いような気がするのである。
私自身も過去一度も模写という勉強をしたことは無い。
憧れの作家は国内外に沢山いたが、真似ようとは思わなかった。
厳密に言えば、自分が経験してないことの是非は語れないが、
オリジナルなその人だけの画風(個性)を重視すれば、たとえ趣味の人であっても、
その人の個性が潰れる危険性のある模写は許可も勧めることも出来ない。
それを薄情で不合理と捉えるか、或いは厳父の指導と捉えるかは
生徒個々の判断に委ねるしかない。
生徒の希望にも沿いながら、確実に指導することは難しいと最近改めて思う。





【2013/05/06 00:09】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
結婚記念日と河島英五
私事でなんすが・・・
5月3日は○○回目の結婚記念日です。
過ぎてしまえば早いもので、よくもまあーこんな私と思いながらも
お互いに顔をみる度にシワの数を数えて、自分の歳を棚に上げます(笑)
プレゼントの交換も、レストランのディナーも今や遠い出来事に(^^ゞ
あまりに空気みたいになり過ぎて、風呂場でもトイレでも
『生きてる?』と外から生存を確認しあう始末です(爆)
よく長年一緒の夫婦は顔形まで似て来ると言いますが、どうなんでしょうね。
お互いに若かい頃とは随分変貌してしまいました(爆)

冗談はさておき、
先日のこのブログに河島英五のことを書きましたが
実は相棒(妻)は私と結婚する前から
彼のコンサートにもよく出掛けたほどのファンだったことを
何かの折に聞きました。
物事の価値観が共有出来ることが、人生を共にする夫婦には
一番大事だとよく言いますが、
私と初めて出合った時の印象が、
河島英五の歌の中に出てくる生き方をしている人だったそうです。
(私はずっと後になってから彼の曲を知りましたが)
価値観が同じということは、悩みも喜びも同じということ。
だからこそ長い年月を一緒に過ごせるのでしょうね。

5月3日、河島英五の曲を改めて聴きながら
二人で取って置きのワインでも飲んで
似たもの夫婦の証明に乾杯したいと思います。
【2013/05/01 11:23】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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