たかが月、なれど月
夜空に昇っている月の色は
季節や住む地域(国)等によって色が違って見える。
宮沢賢治は銀河鉄道の中で白いと表現しているが、
確かに夏場は赤っぽくて冬場は白ぽい。
イギリスでは真っ赤な(strawberry moon)も見える日があるとか。

月ひとつ取ってみてもこれほどの違いがあるわけで、
日常を取り巻く全ての色彩は、環境の違いでそれぞれ違う色に
見えるのは当然である。
だから我々は簡単に思い込みで描かないことが大事で
『対象をよく観る』とは違いに気付くことだ。
その比べる情報を沢山持つ事によって、
描く色彩の深さが増して、表現の幅も広がるような気がする。


【2013/07/31 21:08】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
分身と再会
過日終了した生徒作品展に
古い私の顧客(数点所持)が、今から20年以上も昔に描いた作品を
生徒達の何かの参考になればと会場まで持参してくださった。
表現方法や色調は現在と少し違っているものの
確かに覚えのある6号ほどの作品で懐かしい再会だった。
まだ稚拙な部分もあって気恥ずかしかったが
その場に居た生徒達は興味深く見入っていた。
昔はデジカメも無く、画像の記録も手元にはない。
生憎当日も撮影をわすれたので紹介も出来ない^_^;

分身のような作品は他にも沢山あるが
今もそれぞれの所有者の元で大切にされているだろうか?
色褪せてはいないだろうか?
思いはまるで嫁に出した親のようで
手元から離れると関係が無いというわけにはいかなず
たとえ稚拙な時代の作品であっても、我が分身には違いがない。
逃げも隠れせず『この絵の責任は生涯私が持ちます』と
そんな思いを込めて作品にサインを入れたいと思う。


【2013/07/26 10:12】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
大暑の中
 ■連日の猛暑で35度もさほど驚かなくなるが、
今日は暦の上では一年で最も暑い大暑。
気のせいか?朝から鳴きだす蝉の声も静かだ。
とうとう蝉も熱中症か?

画像 005

毎年恒例とはいえ、連日の猛暑の中を彩遊会展に
足を運んで頂く方々には本当に申し訳なく思う。
せめて涼しげな透明水彩画を観て
ひと時汗を冷やしてお帰り頂きたい。
観る側、観られる側どちらもあと2日どうか無事故で。

【2013/07/23 18:18】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
技巧に走り過ぎる
俗に言う達者な絵のことで、そんな絵を観ると巧みな表現が先にたって
心が今ひとつ伝わらない場合がある。
非の打ち所が無いほど完璧で迷いがないのに何故か心に響くものが無いのが
不思議に思うことがある。私の勝手な主観を言わせてもらえば、
あまり技巧が表に出ると感動が伴わず、表面だけを上滑りするような気がする。
誰も真似の出来ない巧みな表現に人は確かに驚くかもしれないが、
その先に何かなければいささか物足りなさを感じてしまうのである。
絵を描くためには勿論技術も必要である。
しかし技術だけに頼ると心に響く感動(魅力)が弱くなる。
この相反する要素を如何に理解してバランスを取るか・・・
綺麗に整った作品の何処がいけないのか・・・

★四条河原町(東華菜館)

昔から『技に溺れる』という言葉があるが、誰もが陥り易い落とし穴でもある。
技巧に走り過ぎて小奇麗にみせようとすると、大事な部分を見落してしまって
内容の乏しい作品になるという警告の意味と私は解釈している。
自信を持って『これが自分の個性だ!』と言うのは簡単でも
その自信に溺れてしまうと、それ以上の発展がなくなり
やがて息詰まって自滅する。
【2013/07/17 15:29】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
妻籠の夏
山梨で39度の猛暑で連日記録更新。
『暑い』と口にするのも暑い毎日ですが
ちょっと早過ぎないですかこの暑さ?
身体が季節の変化についていきません^_^;
電気事情もさることながら、背に腹は代えられず
部屋のエアコンは朝からフル稼働です。
どうぞ皆さんも熱中症には充分ご注意を。
但し、絵に熱中することは別です(笑)

最近はお店の軒先でゆれていたカキ氷のこの旗を
あまり観かけませんね。
2umars428e8b5f015c2.jpg
昔の夏も暑かったですが、それでも人に優しくて爽やかでした。
最近は殺人的で容赦なし
『かあさん、あのボクのカキ氷の旗はどこに行ってしまったのですか』
この絵も描いてからもう20年が経ちました。


【2013/07/10 00:13】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
批判の目
一口に『良い絵』と言ってもその定義となると難しい。
作者は何らかの思いや感動を伝えようとする。
そんな作品を目の前にしたときに、
観る側は幾らでもその魅力を語る事ができる。
しかし、批判となると途端に言葉が出なくなる。
アラを探してケチを付けることとは違う。
故によほどの確固と何かが無ければ出来ない。
無責任な賞賛や褒めることは容易くても、
難点を指摘する批判には相当の情熱が必要で
そのことを肝に銘じなければ絵の指導者は勤まらない。

26ktn-s19.jpg

方や他人の目や評価を頼っても絵は描けない。
謙虚に耳を傾ける姿勢は大事だが、
『自分らしさ』を失わないことも大事である。
それを後押しするのが指導者の役目ではないかと思う。
無難に事を済ませるところからは新たなものは生まれない。
だから我々は観ると描く側の両方の立場を踏まえて
他者の作品と対峙する必要があるのかもしれない。


【2013/07/09 11:22】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
完璧
ある有名なピアニストが
『演奏の最中で間違うことはないですか?』と質問されて
間違ってはいけないと思い過ぎると面白くない演奏になるので、
間違ってもいいんだと開き直ることにしていると答えていた。
『完璧は面白くない』という言葉が印象に残った。
完璧を求めつつも精神状態には余裕がなければ
よい仕事は出来ないということか。

ピアノの演奏者は大勢の聴衆とたった一人で向き合う。
その緊張感は並大抵のものではなく、
窒息しそうな緊張を跳ね返す力を身につけなければ
とても舞台には立てないのだろうと思った。
技や才能を切り売りする作業・・・
どの分野であれ、それがプロの仕事だ。
言い訳など一切通じない。
そして極めようとすればするほど
行く先には無限の闇が待っている。
その覚悟さえ出来ていれば怖れるものは何も無いはずだ。


【2013/07/04 23:04】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
最新コメント

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

コンドルのプロフィール

コンドル

Author:コンドル
透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


| ホーム |