同じものを描く


大阪に今里新地と呼ばれる古い遊郭跡が残っていて、

その周辺の建物を描きに通った人がいます。

今は営業してなくてもその店先で描く勇気に絶句したことがあります。

怖いお兄さんに睨まれたり

顔見知りになったおばちゃんに

『中も観るか?』と誘われて建物の中を見学させてもらったとか(笑)

また公園にブルーシートで生活をする人達を描き続ける作家が、

その住人と仲良くなって人生論まで語り合ったとか。

前者の人は絵描きだしてまだ3年の内の生徒さんで

後者は某有名美術団体の会員さんですが

気持ちは同じで年数や技術ではないのです。

私自身もそうですが、

つい対象を表面上の面白さや好みだけで描いてしまいます。

でも本当はどれだけ描く中身に

近づくかが大事なのかなと思ったりもします。

一口に絵を描くって相当な根性が必要で

その強くひたむきな思いが良い絵を描かせるのかもしれません。






【2014/09/30 12:09】 コンドル流水彩画考 | トラックバック(-) | コメント(0) |
気を抜かない

■たとえ小さな葉書サイズであろうと、

10号であろうと変わらない気持ちで描く。

譬えばライオンは

小さな鼠を捕えるにも全力で立ち向かうそうだが、

どうせ〇〇だからと舐めて掛かると逃げられるからだ。

それが厳しい自然界で生き抜く為の鉄則で、

百獣の王たる心得なのかもしれない。

適当に使い分けが出来ないという不器用さもあるが

基本を大事に愚直に対象と立ち向かうことは、

どんな分野でも当てはまる方程式である。

気楽に肩の力が抜けることは、

真剣でなければとうてい出来ない。



【Read More】
【2014/09/27 11:03】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
総ては自分に返る




■誰の何を真から憎むのか

出来そこないの政治家か?

金の亡者の資本家なのか?

それとも何事にも無関心なこの国の国民なのか?

そんな輩の足元に火を放ち『どうだ!』と得意げに笑える

自分の中にある心根こそを最大に憎むべき相手ではないのか。

憶測から幾ら自分以外の他者に罪を求めてみても、

己が覚醒しない限りは何を大声で唱えても空しさだけがのこるだけだ。

金には名前が無いという

遣う者次第で凶器にもなり、命を繋ぐ愛の手となる。

通貨の出所を否定したり詮索して一体何になるというのか。。。

バカ野郎と怒鳴ってくれるのも自分自身なら

よく頑張ったと褒めてくれるのもまた自分自身なのである。

そのどちらも出来ないことを俗に弱虫という。




【Read More】
【2014/09/26 16:10】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(2) |
ネット犯罪


■またネット絡みの犯罪が大阪駅周辺で起きた。
中身はさほどではなくても
ネットユーザーが絡むと意味が変わってしまう。
つまり仕組んだ者の思惑通り不特定多数の者が拘ることで
被害が拡散されてしまうことが怖い。

それとは違うが
悪戯に人々の怒りや不信、恐怖感を煽り立てるようなことも、
いくら表現の自由とはいえ執拗に度を超したものは、
例え何等かの使命感の結果であろうと、
周囲を無視した一方的な言論は、
実害がなくても言葉の暴力に通じかねない。

それにしても様々な人間がこうも他人を傷つけることに
平気になれるものかと唖然とすることがあまりに多い。
犯した罪に実感が持てない・・・
それもネット社会の悲しい一面かも。



【2014/09/23 11:45】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
自分探しの旅


■雨の情景ばかりを描く作家(画家)がいる。

廃屋を追及し続けている人もいる。

牛だけを描く作家も居たりする。

それぞれがそこに至った経緯は個々様々あっただろうが

ライフワークとも言えるテーマがそこにある。

画風とは少し違う、作家自身の根源的な思いが興味深い。

絵は所詮過去の誰かの二番煎じで、様々な影響を受けながら熟成する。

それは意識せずとも避けられないことだ。

大事なことは、自分の描きいものはなにかを見つけることだと。

水面下で長い間試行錯誤をした過程がやがて独自の表現となり

ライフワークへと結実するのだろう。

私はそんな高尚な人間でも芸術家でもないが

たまたま振ったサイコロの目が『水彩画』であった私は

興味を持つ対象も、環境も生き方までもが

描きたい水彩画を描くための長い旅路となった。

なにを描くかより、何故描くのかその答えは今だ見つからず、

自分探しの道程はこれからもまだまだ続く。




【2014/09/22 22:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
秋の夜長の独り言

■筆先も凍る極寒に足繁く通い続けて20余年、
寒さも年々身に応える歳になってきた。
海が荒れて船が欠航で島に足止めになったり、
泊まる所が無くて夜行列車で夜明かししたこともある。
そんな無謀な旅は家族に心配をかけることも分っているが、
それが稼業だと皆半ば諦めている。
もっと歳相応に気候のよい頃うらうらとのんびり描けばよいのに。
絵は高尚な才能よりもまづ体力、気力、つまり肉体動労者と同じで、
それが無くなれば絵描きもお仕舞か(笑)

水彩画のことを『所詮は絵描きの手慰みで卓上のサロン画だ』と称した人がいた。
それは何を指しての評なのか?油彩に対しての大きさか、
それとも色調からか紙に描く故か?
何れにしてもはなはだしい傲慢さがそこに見て取れる。
正倉院の国宝級の御物はみな小さいし、書の軸も和紙に墨である。
水彩は子供でも描ける絵だと本気で言う人は認識の欠如だ。
短時間で結果を出すことの何が一体悪いというのだろうか?
そんなスケツチのどこがいけないのか。
自分が長年取り組んで来たから言うのではない。
この国の常識はなぜこうも薄っぺらいのだろうかと思う。
目方や大きさでしか物事の価値を判断出来ないのは余りに情けない。
スケッチブックに気軽に描く水彩画を楽しむ人達を指して、
どこかのお偉い先生ほどそんな上から目線で捉える傾向がある。
もし仮に大きさで幅を利かすのなら、
街の看板屋さんの方が遥かに達人かもしれない。
絵を描く目的が最初から違っていると言えばそれまでだが。
それよりも大事なことは表面上ではなく中身(精神)ではないだろうか。

私は昔ある画廊で長い闘病中に描かれた方の遺作展を偶然拝見したことがある。
余命いくばくの中で、趣味で描かれた絵はどれも明るく、
日々生きる喜びを表現されていて感動した。
丁度会場に居られたご主人が涙ながらに色々とお話をしてくださった。
絶筆となった絵には『長い間ありがとう』と文字が添えられていた。
絵とは本来こんなものではないのだろうかとそのとき思った。

口であれこれ言うのは容易いが
最後は描いた作品がどれだけの人を感動させられるかである。




【2014/09/20 11:27】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
市民講座
■私は数年前から市のボランティア団体から請われて水彩画の市民講座の講師を務めている。
一年クール毎に受講生が募集されるが人気があって抽選に当たった人が選ばれる。
市が主催なので勿論私もボランティアだが25名程の受講生たちは皆熱心に通って来る。
絵など子供の頃から描いたことが無い人が殆どで講師の私の方が戸惑う事が多々あるけれども、一年間一人も欠けることもなく終えられるのが嬉しい。中には再度抽選に申し込んで連続で来る人も居たりして人気の講座になっている。

人様に奉仕で絵を教える程私は余裕のある絵描きなんかでは毛頭ないが、こんな私にでも透明水彩画の裾野が少しでも広がり、絵を描くことを通して人生の余暇を楽しむ人が増えるならと思っている。たとえ月2回といえども、一日拘束されるとそれだけ作家としての自分の動きが減るのは解っている。しかしそんな個人の事情より、優先しなければならない仕事も時にはあると割り切って続けさせて貰っている。
絵描きという人種には、こんな部分があってもいい。高邁な芸術論や受賞や肩書き、或は金儲けだけで絵を描き続けるなんてことはとても私には出来ない。こんなとき、どこからか中島みゆきの『ファイト』という曲が聞こえてきて、それでいいのだと納得する。だましだまししながら必死で走るのが性に合っているのだ。



【2014/09/19 21:46】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
一途

先日中之島の写生会に出掛けたとき、
朝の8時頃から一人の青年がサックスを練習してました。
どう聞いてもブーとかピィーとか音は出ているものの何の曲なのかさっぱり???
お昼頃に同じ所を通るとまだそこに居て、でも今度はちゃんと聴き取れました。
音楽のことなど何も判らない私にもその曲がアメジングレースだとすぐ分りました。
傍目も気にせず一途に続けるとはこんなことなんだろうなと思いながら
私は仕事を忘れて彼の演奏を暫く聴いてしまいました。
楽器の音色も勿論大事ですが、奏者のそんな姿にも感動出来るものなんですね。
川に向かって練習していたその青年の姿がまるで一服の絵のようでした。




【2014/09/16 08:52】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
古い作品


以前私の作品を掲載してくれた出版社が

同じ本を再版することになり、その贈呈本が手元に届いた。

約20年以上も前に描いた作品が載っているが、

今見ると満足出来る作品では決してなく、我ながら恥ずかしくなる。

それでも当時はそれで精一杯描いていたのだ。

描いた現場の風景もすっかり変わり、歳月の経過を改めて思う。

絵描きが何時までも同じレベルの作品を描くわけにはいかない。

それは生涯続く同じ方程式だろうと思う。

但し、反面ではいくら歳月が経とうが、

変えてならない精神のスタンスも必要で

もしそれが知らず知らずに変質してしまったら

誰に言われるまでもなく、潔く筆を捨てるくらいの覚悟は持っていたい。

作家とは孤独なもので、他人に助けを求めることは出来ない。

『ちょっと最近おかしいぞ。しっかりしろ!』と自覚するのも難しい。

何事も正当化しょうとする頑固さが

創作へのエネルギーにもなるのも確かだが、

時には自己否定して

自力で起動修正を加えられることも必要かしれない。

自信満々に肩肘張って強がるばかりがよいわけではなく

弱い自分に負けそうになるのも認められてこそ、

惰性の流れに杭を刺して生き残れるのだ。

だが果たして自分にそれだけの謙虚さと冷静さがあるだろうか…

それは作品を描く以上に何倍も難しいことかもしれない。

秋の夜長に古い作品を観ながらふとそんなことを考えていた。




【2014/09/13 10:53】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
偽物

■ある同業の絵画教室の先生の話
『今日のモチーフはこれ』と見せられたのが良く出来た造花の花束で、
ぱっと視では殆ど本物のようによく出来ているが偽物である。
『枯れないので何度も使い回しが出来て助かる』と言うが
しかしそれでよいのだろうか?
幾らよく出来た造花でも本物ではない。
それを生徒さんには本物のように描かせるのか。
それともどうせ上手くは描けないので偽物で充分とでも…
結構名の有る団体所属の先生だが、私にはとても出来ない。
私は過去に偽ものを教室のモチーフに使ったことは一度もなく
赤字覚悟でも本物を当日用意するようにしている。
昔自分が教室にでも通っていた経験があって、
そこでは同様のことが行われていたので何の疑問も湧かないのだろうか?
勿論その先生にも種々の指導方法や手法もあって、
私がとやかく言う筋合いではないが、誠実と情熱を忘れたところに
何の美しい創造物も生まれないと思う。
楽をしょうとする手抜きが始まる…それは自他共に危険信号ではないだろうか。
曲がりなりにもプロの絵描きと名乗るからには
教え方においてもプロの指導者でなければならない。
それはどんな分野にでも当てはまる当然のルールである。




【2014/09/10 22:18】 コンドル流水彩画考 | トラックバック(-) | コメント(0) |
暇潰し


なんでこうも世の中騒がしいのか

ああでもない、こうでもないと勝手な憶測がネットで飛び交う。

時間潰しなら他でやればいいのになあー。と呟きながら

雨宿りの喫茶店の窓から、私も今日は時間潰しに

自転車を描いていた・・・

 自転車

どうせなら

こんな程度の落書きなら笑って済ませられるものを(笑)




【2014/09/06 19:52】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
平常心

思いつめたる心の文字は空に書く  山頭火

形も形式も全て度外視して心の向くまま自由に句を詠んだのは山頭火だった。
それが何かへの抵抗心だったのか、それとも壮大な憧れだったのか。
凡夫の私如きが理解できる由もないが、
つまらぬ虚勢を捨てて、素のままの精神に立ち返ったときに
初めて見える景色のようなものがあるは朧げながら分るような気がする。
無念で悔しかったり、力及ばずで情けなかったり思うことは日々様々ある。
腹の立つ事も沢山あっても、そなん思いつめたことを何処の誰にぶつければよいのか・・・
そうだ!いつも変わらずに自分の頭の上にある、あの空に向かって叫べばいいんだ。
孤高で強く厳しい生き方を敢えて選んだ山頭火でも、ときには一人泣くこともあっただろう。
しかしそれが人間なんだよと静かに語っているような句だ。

秋の夜長も差し迫る現実の戦いを続けている私だが、
幾ら頑張っても出来ないものは出来ないし、描けないものは描けない。
筆を置いたそのときの山頭火の一句が過った。
いつもの通り普通でいいんだ、それが一番美しければそれでいいんだと教えてくれた。

何気ない蒼き空に紅とんぼ  コンドル



【2014/09/03 12:10】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
最新コメント

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

コンドルのプロフィール

コンドル

Author:コンドル
透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


| ホーム |