廃屋
数年前釧路に向かう途中、何気なく海沿いの無人駅に降り立った。
炭鉱で賑わっていた頃は相当大きな集落があったらしいが、
今は住む人もなくなり生活の匂いを残したままの無人の廃屋が点在しているだけだった。

生きてなお(根室線尺別駅)bbs
【廃屋/510㎜×360㎜/釧路白糠】

しばらく歩くと煙ののぼる民家を発見。その家から一人の老婆が出てきたので話しを聞くと、
数年前にここで映画の撮影が行われ、役者や関係者が札幌から大勢の人が来て賑やかだったと言う。
そのロケセットがこの先の浜にあると教えてくれた。
行ってみると、案内の看板には『映画はなみずきヒロイン紗枝の生家』と書かれてあった。
(そんな映画があったのも知らなかった)
こんな過疎の村に映画のロケ隊が大挙して押し掛け、このセットで立てたのである。
それが周囲とは不釣り合いにポッンとそのまま残されていた。
家の中には当時撮影に使われた小道具類がそのままの状態で置かれてあった。
時代の流れとはいえ、現在の住民はこの地区でわずか三所帯だけだという。

ハナミヅキ
【はなみづきロケセット】

物好きかもしれないが、寒い冬場に何の計画も無く偶然に立ち寄った土地には
何か心惹かれるもと出会うことが多い。
厳しい現実に思いを馳せてながら、それらを一枚の絵に残すことも
絵描きの仕事だと思いながら、私は吹き付ける風で凍り付いた砂浜を眺めていた。

白い岬(釧路白糠)
【白い岬/510㎜×310㎜/釧路白糠】


【2015/03/27 09:54】 過去の作品から | トラックバック(-) | コメント(0) |
絵描き冥利


■絵描き冥利

真っ白な壁のリビングにその絵は掛けられてあった。

凍てつく冬の稚内・・・潮騒と海鳥の声を描きたいと思った。

描いてから25年の月日が経過していた。

『今も尋ねて来るお客様にこの絵を見せるのが楽しみなんですよ』

持ち主のなんと絵描き冥利に尽きる言葉だろうか。

作家にとって作品は我が子と同様で

それぞれが別な処へ行っても何時までも

色焦ることなく愛され続ける存在であって欲しいと願うものである。

そしてその子の為に追い風となって見えない風を送り続けたい。

描き終えれば作品は作家の意識から離れても、

作品を初めて観た人にとっては

別の新たなドラマの始まりになるかもしれない。

作家はそれを励みとしなければ、作品にサインを入れる意味がない。




【2015/03/17 12:06】 コンドル流水彩画考 | トラックバック(-) | コメント(0) |
独り言


同じ絵を何枚でも描けるのもプロなら

二度と描けない様な絵を描くのもまたプロ

どちらが凄いのかは一概に判断出来ない



ケンとメリーの木

北海道富良野


【2015/03/10 17:54】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
北の大地の物語

■■北の大地の物語■■

北海道の富良野にあるラペンダー畑を全国的に有名にした『富田ファーム』のオーナー富田氏の秘話を聞いたことがある。
香料の原材料としてラベンダーを栽培していた一農家が、どうしてあそこまで富良野が 発展したのか・・・オーナーの富田氏が語っていたことが今も心に残っている。

富良野の地に初めてラベンダーの栽培に取り組んだ農家の若き跡取り息子が居た。だが親はそんな香料の元の様なものを作っても何になる!と反対。しかし若き富田氏は諦めず、ようやく結婚を機に親の許しを得て、畑の半分だけをラベンダー畑にする事から始まった。
 
香料会社との契約栽培も取り付け順調に進んだ。やがて辺りにはラベンダー栽培の農家も増え全盛期は数十戸もあったという。しかし良いことは長くは続かず、香料の原材料が石油科学の発達に伴い、ラベンダーの契約栽培が打ち切られるようになる。
『私はただラベンダーがいとおしかった。お金にならないので回りの農家が次々に転業していく中でも畑をやめる事が出来なかった』と昔を振り返る。
ラベンダーを育てるよりも収入のことを考えると、もっと効率のよい作物があるのも解っていたが家族は力を合わせてラベンダーの栽培をを必死で続け畑を守った。

そんなある日そのラベンダー畑の回りにカメラマンの一団が現れて写真を撮っていた。聞けばJRの観光ポスターに富田氏のラベンダー畑が使われていたのを見てはるばるやって来たと言うのである。富田氏はそのことさえ知らなかったが、以来次々に人が来る様になり、折角来てくれたので記念のお土産にポプり(匂い袋)の袋を作って来る人達に無料で配った。どうせ収穫しても使い道の無いラベンダーである。訪れた人が喜んでくれるのならと家族中でポプリを作った。
すると今度はそのポプリが口コミで評判になり、そのポプリが欲しいとカメラマン以外の人達が訪れるようになった。
やがて現在の富良野随一の観光農園へと発展したというのである。
『私は今でもだの農家です。入園料は一切戴きません』と富田社長は言う。

ある年、経済的に悩んだ末、いよいよラベンダー作りは今年を最後にしようと畑にトラクターを入れて壊そうとしたその時、土の中からラベンダーの悲鳴が氏の耳に聞こえた。それで我に帰ってトラクター止めた。遠くで見ていた家族も駆け寄り
『お父さん、やっぱりもう一年みんなで 頑張ってみょうよ』奥さんのその言葉で転業を思い止まった。その時の奥さんの目にはうっすら涙が浮かんでいたという。
まだ観光客など誰も来ない富良野で、地元の人でさえラベンダーのこともよく知らない時代、この一農家の情熱はやがて新しい駅を造り年間90万人を迎えるまでに大発展をさせたのである。
 
成功の陰には血のにじむ様な苦労があるのは当然のこと。それよりも何よりもその想いの純粋さが 周囲の人を動かし環境を変え、夢を理想を現実にすることも可能にすることを私はこの話でも教えられる思いがした。
一時的な困難に直面しても、決めた夢や理想を最後まで貫き通せるパワーは何か、それは物事に賭ける『愛情の深さ』と、どんなに困っても精神だけは常に高い位置に置いておける『心の豊かさ』ではないだろうか。

27live6-PICT0042.jpg

次元は全くちがうが・・・
私は作品を描くのには幾つかの大事な要件があると思っている。そのひとつに『品位』というものがあって、その品位とは
理想であり、情熱であり、精神のことを指し、それを高く持ち続けなければ、観賞に値する作品など死ぬまでかかっても描けないと常に思っている。勿論私自身にはそんな品位は全く無いが、それでもいざ作品となれば、表現者としてそれを作品の上に表さなくてはならない。 別に格好を付ける意味ではけしてない。何を機軸に絵を描くのかは人それぞれで、共感して貰える部分も違って当然だが、私はそ品位を終生大切にしたい。
自分自身もさることながら、家族も一緒になって同じ目的に向かう富田フフームの人々の生き方に私は限りない『純粋な品位』を強く感じて、やっぱりそうなんだ!と納得できる話だった。

若き日の富田氏は、きっと富良野の丘陵をキャンバスに見立て、ラベンダーという薄紫の絵の具で未来に大きな絵を思い描いていたに違いない。 その壮大な自然の絵は50数年後に見事に描き上がり香りを添えていまも人々を迎えている。

【管理人室の日誌2006/06/22より転載】




【2015/03/09 10:56】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
最新コメント

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

コンドルのプロフィール

コンドル

Author:コンドル
透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


| ホーム |