忠言耳に逆らう


人は褒められると気を良くして、

批判されるとムッとしてしまう。

褒めて育てるという言葉もあるが、

絵の世界に限らず、欠点を指摘されたことを

謙虚に受け止められない者は

まずその道での進歩や上達は望めない。

何でもかんでも聞き入れる必要はなく

自分の中で咀嚼した上で四者選択すればいいのだ。


また良い絵を描く作家が、イコール良い指導者とは限らない。

指導に長けた者がいい絵を描くともいえない。

批判する側もされる側も、結局はその人の個性(人柄)によって

意味合いも別なものになってしまう。

当たり障りなく、無難に褒めて相手を喜ばせても

結果は何も変わらない。

忠言は耳が嫌うことを承知のの上で、

敢えて欠点を指摘するには、褒めるよりも何倍ものエネルギーが要る。

それをどう受け取るかも自分次第で

ある意味この部分が一番厄介で、常に自分との葛藤ともなる。

そのことが判って本当に謙虚になれる人は、

誰よりも心の強さと可能性を秘めた人ではないだろうか。



【2015/05/16 09:10】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
納得


人物を描くときに、

自分も同じポーズを実際に取ってみると、

骨や筋肉がどうなるかが意識出来てうまく描けると聞いたことがある。

花を描くときの匂いとか、風景の風や気温、湿度などを、

体感するのと同じかと思う。

形や色も大事な絵の要素ではあるが、

それにあまり囚われてしまうと今度は面白くなくなる。

きっとウンウンと頷く方も多いだろうと思うが、

理屈だけが幾ら解っていても、いざとなればなかなか難しい。

結局は自分が納得することが大事なのかもしれない。



【2015/05/12 09:55】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(2) |
ドレスコード

■自分もその一人なので
あまり偉そうなことは言えないのだが
どうも絵を描く人間は身なりをあまり気にしない傾向がある。
別に服装で絵を描くのではないので、制作の時の格好はどうでもよい。
しかし、作品発表の場となるとちょっと違うと思う。
特に展覧会などで、来観者を迎える側に立つ場合は
最低限度の礼を尽くすのが一般常識。
また立場を変えて、こちらが出掛ける側でも然りである。
ところが、そんなことには無頓着の作家も結構多い。
そんな部分にも気を払うことの出来る作家は
やっぱり会場に並ぶ作品もそれなりのものがある。
例えば、役者が舞台挨拶(口上)をする際には第一正装である。

IMG_1001.jpg

私はも自分がホストの立場の時は当然ながら
何等かの招待を受けた場合も
非礼にならない程度に衣装を整えて出掛ける。
たとえ趣味で絵を描かれている人であろうと、或は有名作家であろうと
展示されている作品に対しての敬意を込めて同じである。
確かにこの世界にはドレスコードなどある訳でもなく、
個人のことに他人がとやかく言うべきではない。
また世の中の価値観や常識も変動して
格式だけを重んじるような形骸化して、
時代に合わなくなったものは変えた方がよい。
だが、相手に感謝と礼を尽くす心は、
如何なる場合でも人間として無くしてはならない。
保守的で古いと言ってしまえばそれまでで、
適当でどうでもよい事柄もあれば、そうでない事もある。
それが現実の社会である。
身なりで差別を受けたり、人の値打ちを測るのは勿論よくないが
日頃の心構えが多少なりとその服装に現れるのも間違いがない。
大事なことは、
自分の中に自分なりのドレスコード(規範)を持つ事だ。
いくら世に存在を示そうとする作家(芸術家)であろうと、
他者に対して非礼が許される訳がないと心得ることだと私は思う。
つまらぬ拘りかもしれないが、
それがが最後には自身が描く作品にも反映されるのではないだろうか。





【2015/05/01 15:40】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(2) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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