今更という気も・・・
 

■HNの[コンドル]について


南米アンデスの空高く、

下界を見下ろしながら悠々と飛翔するコンドル。

群れを好まず、一匹狼の鳥(?)

一度獲物を見つけると、確実にし止める必至さ・・・

そんな生き方にも憧れる。



私の作品を発表する個展会場には

オカリナの奏者(宗次郎)の曲を何時も流しているが、

広々とした希望のような、そんなイメージをコンドルという鳥と重ねあわせている。

実際の私は蟻んこ一匹殺せない弱虫だが、

自分なりの理屈では、

描く絵もInternetもコンドルも 総てがひとつに繋がっている。

不確かで曖昧なネットの世界を精一杯飛び回ってみたいと思って

1999年6月にHPも立ち上げて現在に至っている。

願うことならコンドルが力尽きてネットの空から墜落(笑)することなく

いつまでも何処までも飛び続ける鳥でありたいと願っている。





【2016/02/29 12:34】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
一人旅

例年の寒い時期の取材


■よくそんな氷点下の中で絵が描けるなあと言われますが、
晴れていてマイナス2~3度程度ならその場に止まって充分描けます。
但し吹雪の中では前の景色が見えないばかりか
寒さで命に拘るので無理です(爆)
雪が多い地域は比較的暖かく、雪が無くて氷が目立つような土地は
冷凍庫状態で、絵の具も氷ります。
寒さも半端なく厳しく流石にじっとしてはいられません。
ちなこにトイレに行きたくなったらどうするのか?
汗をかかないために水分もそれほど取らないので、
一日中殆どトイレには行きません。
極寒になると体温を奪わないように、身体が勝手にコントロールするみたいで
人間の身体は上手く出来ています。

それより旅行中で一番大事なことは
その日に泊まる宿を確保することです。
私は予定も立てず宿の予約もせずに行き当たりばったりなので、
こればかりは何としても確保しなければそれこそ命に拘ります。
ところが観光地でもない過疎地にはホテルも旅館も無い場合があって、
そんなときは急遽最寄りの主要駅にまで移動しなければならず焦ります。
駅の観光案内所が開いていれば斡旋してもらい、
閉まってしまえば自分で軒並みに空いてる宿を直接
探すしかなくなります(一人旅は嫌われます)
温泉付きで豪華な食事をしながらの気楽な旅なら良いのですが、
貧乏絵描きの旅行となるとそんな贅沢も出来ず、
安いところを探すのも大変です。

全てが無謀な旅ですが楽をして絵など描ける訳がなく、
過酷な環境に身を置いてギリギリの条件の中で対象を必死に探す。
絵描きとはそんなものだと思っています。
場末の店で食べる温かなラーメンが最高のご馳走で、
コンビニのおにぎりを駅の待合室でほおばりながら
次の目的地を目指す孤独な旅です。

PICT4356北の猫2 

【無人の駅に住み着く猫】

PICT4356北の猫 
一日中誰とも出会わず、辺りは白い世界だけでは時間の感覚も無くなります。
如何に普段が時間に追われているかがよく解かります。
雪の上を歩く猫にでも思わず話しかけてはシャッターを切ってしまうのは、
やっぱりどこかで人恋しいためかも?(笑)


【2016/02/29 11:20】 股旅日誌 | トラックバック(-) | コメント(4) |
姿勢
 

■人間の姿勢にはその人の心構えや人格が表れる。

姿勢と言っても、ちょっとした所作や立ち振る舞いまで含めると

確かに心のありようが無意識に伝わるのかもしれない。

姿勢の良い人を見ると、心構えも凛として逞しくしい。

反対に猫背で背中を丸めていると、自信の無さや元気さが無い。

スポーツではホーム、踊りでは所作ともいわれるが大事な基本は共通する。

自分の姿勢を意識するだけの心の余裕が無ければ、

姿勢が崩れるのは当たり前で、それが思わぬ隙にも繋がる。

例えば、カウンターの中で寿司を握る板前さんには

テキパキとした動きに無駄がない。

高級クラブのホステスさんは、

席の背もたれには絶対に背中を付けて座らないという。

それだけ緊張していなければ、お客への気配りが果たせない。

勿論見られるのが商売のプロと一緒にはならないが、

姿勢は良いに越したことはなく

気持ちに余裕が無ければ、良い姿勢も保てない。





【2016/02/29 10:29】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
大工の嘘


■家を建てるときは図面通りに縦横を垂直水平にすると、

家は傾きや歪が生じる。

だから、最初からか少しずらしたり、傾けておいた方が、

実際には真っ直ぐに見えたり、後で立て付けの歪みも起こらないという。

これを大工の嘘というらしい。

つまり、わざとキッチリとは作らず『遊び』を加えられるのが

腕の良い大工の仕事になるというのである。

これは絵を描く我々にも当てはまりそうで、

見えたままではまづ何を描いても

絵にはならないという理屈にも通じると思った。

嘘と言ってもつきすぎると、今度は作為的で嘘っぽくなる。

そこら辺りの微妙なサジ加減が難しい。

それは理屈ではなく長年の培った経験でしか解らないかもしれない。





【2016/02/23 18:16】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
旅する思い
 

■新幹線や特急が全国に整備されて、
在来線の急行や鈍行列車が姿を消しつつある。
時は金ナリで、主要都市までの所要時間も短縮され便利にはなったが、
便利故にその分旅の醍醐味が半減するような気がする。
夜行列車に揺られ、朝目が覚めると窓の外は一面銀世界だった。
それは川端康成の小説そのままで、
感動がそのまま絵心へと繋がったものだ。
不便でも乗り継ぎを繰り返して出掛ける過程が大事である。

北海道の果て宗谷地域。簡単には来られないところというのが
旅の楽しみを増幅させる大きな要因になる。
例えば大阪から北の流氷を観に行くことはあっても、
天神祭りをわざわざ観に行く人は少ない。
地の果てとまではいかなくても、
『はるばとるこんな所までやってきた!』
旅にはその思が大事なのである。
だからこそ目の前に現れた景色に感動出来て
土地の料理や温泉も満喫できるのである。

電子レンジの便利さはそれなりに認めるが、
手間暇をかけた料理には敵わない。
旅とは出来上がった目的地に出掛けるのではなく、
自分だけの何かを求めて探しに行くものではないだろうか。
私は足掛け30年以上も全国各地を旅して歩いた。
予定も立てず、目的地も定めず
まるで狩人が獲物を感だけで探す様な旅を続けてきた。
だから効率も悪く無駄も多く、ときには危険な場面にも遭遇する。
だがそれも絵を描く為には当たり前だと思っている。
料理や温泉には縁遠くても
この景色と出会う為に、自分の今日までがあったと
実感出来ればそれで充分だった。
これからも老体にムチ打って更に歩き続けたい。



【2016/02/09 16:59】 股旅日誌 | トラックバック(-) | コメント(0) |
北の大地の物語


■■北の大地の物語■■

北海道の富良野にあるラペンダー畑を全国的に有名にした
『富田ファーム』のオーナー 富田氏の秘話を某ラジオ番組で聞いたことがある。
香料の原材料としてラベンダーを栽培していた一農家が、
どうしてあそこまで富良野を発展させたのか・・・
富田氏が語っていたことに感動し心に残った。

富良野の地に初めてラベンダーの栽培に取り組んだ一人の農家の若き跡取り息子が居た。
だが親はそんな香料の元の様なものを作っても何になる!と大反対。
しかし若き富田氏は諦めず、 ようやく結婚を機に親の許しを得て、
畑の半分だけをラベンダー畑にする事を許してもらった。
香料会社との契約栽培も取り付け順調に進んだ。
やがて辺りにはラベンダー栽培の農家も徐々に増え全盛期は数十戸もあったという。




しかし、良いことは長くは続かず、香料の原材料が石油科学の発達に伴い
ラベンダーの契約栽培が打ち切られるようになる。
『私はただラベンダーがいとおしかった。
お金にならないので回りの農家が次々に転業していく 中でも
畑をやめる事が出来なかった』と昔を振り返る。
ラベンダーを育てるよりも収入のことを考えると、
もっと効率のよい作物があるのも解っていたが
富田氏の家族は力を合わせてラベンダーの栽培をを必死で続け畑を守った。

そんなある時そのラベンダー畑の回りにカメラマンの一団が現れて写真を撮っていた。
聞けばJRの観光ポスターに富田氏のラベンダー畑が使われていたのを見てやって来たと言う。
富田氏はそのことさえ知らなかったが、以来次々に人が来る様になった。
折角来てくれたので記念のお土産にポプり(匂い袋)の袋を作って来る人達に無料で配った。
どうせ収穫しても使い道の無いラベンダーでも、。
訪れた人が喜んでくれるのならと家族総出でポプリを作った。
すると今度はそのポプリが口コミで評判になり、
ポプリが欲しいとカメラマン以外の人達が全国から訪れるようになり、
やがて現在の富良野随一の観光農園へと発展したというのである。

『私は今でもだの農家です。入園料は一切戴きません』と富田社長は言う。
ある年、経済的に悩んだ末、いよいよラベンダー作りは今年を最後にしようと
畑にトラクターを入れて壊そうとしたその時、
土の中からラベンダーの悲鳴が氏の耳に聞こえた。
それで我に帰ってトラクター止めた。
遠くでそれを見ていた家族も駆け寄り
『お父さん、やっぱりもう一年みんなで 頑張ってみょうよ』
奥さんの言葉で転業を思い止まった。
その時の奥さんの目にはうっすら涙が浮かんでいたという。

まだ観光客など誰も来ない富良野で、地元の人でさえラベンダーのこともよく知らない時代、
この一農家の情熱はやがて新しい駅を造り、年間90万人を迎えるまでに大発展をさせたのである。
成功の陰には血のにじむ様な苦労があるのは当然のこと。
それよりも何よりもその想いの純粋さが 周囲の人を動かし環境を変え、
理想を現実にすることも可能にすることを私はこの話でも教えられる思いがした。
一時的な困難に直面しても、決めた夢や理想を最後まで貫き通せるパワーは何かといえば、
それは物事に賭ける愛情の深さではないだろうか。
どんなに困っても精神は常に高い位置に置いておける心の豊かさではないだろうか。

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次元は全くちがうのだが・・・
私は作品を描くのには幾つかの大事な要件があると思っている。
そのひとつに『品位』というものがあって、その品位とは
理想であり、情熱であり、精神のことを指し、それを高く持ち続けなければ、
観賞に値する作品など死ぬまでかかっても描けないと常に思っている。
勿論私自身にはそんな品位のようなものは全く無いが、
それでもいざ作品となれば表現者のプロとして、それを作品に表さなくてはならない。
別に格好を付ける意味ではけしてない。
何を機軸に絵を描くのかは人それぞれで、共感して貰える部分も違って当然だが、
私はそ品位を終生大切にしたいと思う。
自分自身もさることながら、家族も一緒になって同じ目的に向かった
富田フフームの人々の生き方に、私は限りない『純粋さ』を強く感じた。
やっぱりそうなんだ!と久し振りに納得できた話だった。

若き日の富田氏は、きっと富良野の丘陵をキャンバスに見立て、
ラベンダーという薄紫の絵の具で未来に大きな絵を思い描いていたに違いない。
その壮大な絵が50数年後には香りを添えて見事に描き上がり
新たな駅まで作らせて人々を迎えるまでに大発展を遂げたのである。

※フアーム富田 富田忠雄会長 2015年7月4日亡 享年83歳

 



【2016/02/09 10:50】 未分類 | トラックバック(-) | コメント(0) |
■嘘みたいな話だ
 


■氷点下の外で絵を描いていると、パレットの絵の具が凍る。

当然そんな中でじっとしていられる時間も限られるが、

人間の身体は順応性に優れ、徐々に氷点下の寒さにも慣れてしまう。

だが極寒の地で絵を描く為にはそれなりの対策も必要で、

例えば、パレットの蓋に貼れるカイロ。

筆洗の水は魔法ビンのお湯で筆先が凍るのを防いだり、

指先が無い手袋の為にしもやけ用の軟膏。

凍った雪道用に脱着型のアイゼンは必須アイテム。

他にもスマホやタブレット類のバッテリーは寒冷地では消耗が早いので

予備の充電用のバツテリーや、何かがチョット壊れたときの応急修理用に

瞬間接着剤など等が有れば重宝する。

雨と違って乾いた雪は払えば飛ぶのでそれほど邪魔にはならないが、

湿気を含んだみぞれや吹雪の時は全く仕事にならずお手上げで

旅行中の約半分は天候次第となる。

要は湖の氷上で魚釣りをする人のように、ひたすら耐える気力のみ(^^;

IMG_1743_201602042326512c1.jpg


『こんな所で絵かくようなものあるのけ?』と

通りすがりの地元に怪訝な顔つきでよく聞かれる。

辺り一面が真っ白ケ…そりゃそうだ(笑)

だがそんな処に身を投じなければ見つけられないものが有るのだ。



【2016/02/04 17:53】 股旅日誌 | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




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