秋しみじみと


■昔よくこんなCMソングが流れてましたね。
今聞いてもしみじみと心に響きます。

作詞・作曲 小林亜星/ 歌・加藤登紀子

酒は大関




思えば近頃はすっかりバンカラ気質が影を潜めて
軽くて簡単でお手頃なカッコウ良さが主流
それはそれで今の時代なのでしょうけど
やっぱりアナログ人間の私には
付いて行けないことが多いです。


26ktn-6小樽 (2014_03_06 10_25_20 UTC)


【北海道小樽裏通り/しばれる】





【2016/09/28 21:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
独り言

 

■眺める(鑑賞)だけの絵よりも

自分もそこに行ってみたくなるような。

飾りたくなるよりも

手に取ってみたくなる方がいい。

幾ら絵空事ても

そこには実在感(親近感)のあるものを描きたい。

身の程知らずの画力も無い私でも

やっぱりそんなことを思う。

12867323448054.jpg

【画/北海道根室港】





【2016/09/25 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
公募展

 
■まだ私が教室を開いて間もない頃
生徒さん達にある公募展に出品するように勧めたことがあった。
言われるままに出品した結果、全員の作品が入選を果たした。
美術館での合評会の折『習っている先生は誰か』と聞かれ
私だと答えると、何故師匠は出品しないのかと言われたらしい。
そのときの講評担当の大御所は私も良く知る先生て、
画風からも私だと知った上で尋ねたのだ。
何度か同展に誘ったにも係らず、一向に応じないことへの不満か
それとも坊主憎ければ袈裟までというが噴出したのか・・・
当時の生徒さん達には申し訳のないことをしたと思った。
以来公募展への出品を私から生徒達に勧めることは一切しないと決めた。
(ただし個人的に出品することを止めたりもしない)

25s_10-4_201609222135482f5.jpg

その関西水彩画界の大御所もやがて会派の一線を退いた後も
私の個展には度々来て頂いていた。
立場上か或いは人脈の都合でか
不本意なことでも人前では言わねばならないこともあるのか。。。
そんなことの体質がどうも性に合わないのは今も同じで
私自身はいまも無所属を通している。


こぼれ松葉をかきあつめ

をとめのごとき君なりき

こぼれ松葉に火をはなち

わらべのごときわれなりき

=== 海辺の恋/佐藤春夫===



【2016/09/22 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
米原雪景
 
■北国では秋もすっかり深まった頃になると
『雪虫』が舞うらしい。
その正体は全身白い綿毛で覆われた小さな虫で、
この雪虫が飛び交うと北国に初雪が降るという。
全国各地の冬景色を長い年月描き続けてきたが、
いつも極寒の真っ只中に出掛けるために
冬の訪れを知らせるこの虫にはまだ遭遇したことが無い。

米原雪景
湖や川の水温と大気との関係で、
極寒の朝などに観られる幻想的な『けあらし』も
一度この目で観てみたい。
運を天に任せるように
或いは夢にまで見た憧れのひとに遭う為に
私の北帰行はこれからも続くのだろうか。







【2016/09/20 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
いろはにおえどちりぬるを
 

■私は日本画も染色のこともよく知らないが
古くから伝統的に使われる日本固有の色名に惹かれる。
日本の自然風土が影響しているのか、
西洋には無い微妙な色の表現が多い。
例えば黒(ブラック)は墨・赤は紅・黄は山吹・・・
日本では墨も色のひとつで、緑(グリーン)にも萌葱とか
花緑青などと表現する。
元になる色の知識がなければどんな色を指すのか
イメージが浮かんでこないこともよくある。

DSCN3420.jpg

曖昧と言えば曖昧で、伝わり難いともいえるが、
それが日本の美意識のひとつだと私は解しているので
そんな思いが絵にも反映するのかもしれないし
やっぱり日本人の血が流れているのは避けられない。




【2016/09/15 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
一通の葉書
 
■その届いた葉書には
ミカンが三個水彩で描かれてあった。
描いたご本人は、古い生徒さんのひとりである。
数年前に病で倒れ現在はリハビリ中。
好きな絵を描くこともケアーになるとの医師の勧めもあって
娘さんに付き添われて時々は教室に来られるが、
思うに筆が動かず、言葉も不自由なことで苦労されている。
あるときその生徒さんに私は言った。
『○○さん、無理して教室に来なくても、
絵は家でも充分描けますよ。
これからは月に一枚だけ葉書に何か描いて送ってください。
そうすれば僕も必ず何か描いて返事を出しますから。』と。
ひと際暑い夏だった。
あんな約束したものの、連日のこの猛暑では健康な者でもバテる。
まして○○さんは酷だろうなあーと思っていた。
そんなある日に届いた葉書であった。
絵の横に添えられた言葉には
『リハビリもやりながら、絵もやって行きたいです』とあった。

オクラ

物事には常に『何の為に』が付いて回る。
その中身によって自分の行動(生き方)が決まる。
絵を描くことを通して、或いは教室で教えることも
出来ないことは所詮無理だが、
出来る範囲のことは精一杯に誠心誠意取り組みたい。
それで誰かが喜んでくれるなら
そしてそのことで自分も一緒に喜べるならそれでいい。

凄い立派な先生から届いた絵葉書よりも、
たどたどしくも懸命に描かれたこのミカンの絵の方が
私にとってはもっと綺麗に輝いてみえた。

"頑張ってください。
○○さんの在籍名簿は今のまま残しておきますから。"
そう書いて返事を出した。




【2016/09/13 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
捨てられない絵
 
■がんばれ頭
もう五年が経った。
三頭身で必死に頭を持ち上げようとしていた頃の孫の姿は
もう跡形も無い。
だからこの絵も捨てられない。

がんばれ頭

記念の品には人それぞれに纏わる想いがあるものだ。
他人とっては何の価値もないものでも
本人にとっては掛け替えがない
そんなものを沢山持っていられる者は幸せで
背負った鞄は誰も覗くことはできない。



【2016/09/11 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
重たい筆
 

■数多くの色やもっと強い色調で描けば
表見の幅が広くなって迫力も出るのかもしれない。
しかし私にはそんな画力など元々無い。
独学我流では所詮自分なりに描くしかないと決めて
今日までやってきた。
それでよ良かったのかという思ひもあるが、
今更水に浮かべた木の葉一枚、画風を変えては流せない。

木の実

流れに逆らわず自然体でいられることの方が大事だ。
我流は我流でしか描けない絵もきっとある。
作家は皆大なり小なり何等かの迷いは常にあって
それを押して重たい筆を執るのだ。

外はいつしか秋雨の季節へと変わっている。
個展までアト2か月。








【2016/09/09 15:23】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
訃報
 

■昨日古くからの知人の画家が
亡くなったと知らされた。
美術団体にも委員として席を置きながら、
周囲の誰もそのことを知らなかった。
(暫く姿を見掛けないので、気にはなっていた)
某国際ビエンナーレ展では大賞を取り招待されても、
旅費が勿体ないと断る。
東京芸大時代にはそうそうたる同期の作家も多く、
有名になっている彼らを指して痛烈に批判していた。
変人と芸術家は紙一重と言うが、
この画家を見ているとそれもなんとなく頷けた。
若輩の私如きとでもよく口論を交わしたが、
それだけ精神が純粋な証だと私は思っていた。
住む世界や表現手法は全く違うが、
幅広く色んなことを教わった。
『今の絵描きは良い作品を描くことには懸命になっても
悪い作品を描かない努力はあまりしない。
その為に卑しい絵が多くなる』
何時ものこの席で熱く語っていた同氏の言葉が今も心に残る。

春の陽射し

気骨のある骨太な作品を描く作家がまた一人消えた。
心からご冥福をお祈りしたい。

合掌






【2016/09/08 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
オホーツク北浜駅


 ■JR釧網本線北浜駅と『停車場』という名の喫茶店。

流氷を窓越しに観ながら熱々のハンバーグ定食が食べたくて

何度も途中下車した駅だった。

北浜駅

最近はメジャーになって観光バスが停まるようになり

マスコット猫のニャンタローもゆっくり寝てられないだろうな。


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何日も独り旅を続けていると

こんな猫にでも何か話しかけたくなる。

貼られた沢山のメモ書きにも

そんな心情が綴られていた。




【2016/09/05 10:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
なるほどと思うこと
 
■ロンドンには行ったことはないが
こんなバスが古い町並みを走っていたりすると
つい下手でもスケッチしたくなるだろうなー。
現役を終えて雪の小樽の街にひっそりと停まっていた。
赤い車体の屋根に雪を乗せてひと際派手に見えたのは
還暦が過ぎた歳のせいだろうか?(^^;
幾つ何歳になっても少年のような童心を持ち続けていたいと
こんな絵を描いているときはいつも思う。

バス

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなことを書いて先日この絵を別のブロクにUPした。
するとご覧になったある方が、
『この二階建てのバスはイギリスが人種差別の為に
黒人の座席を分けた時代の名残です云々』と書き込んで頂いた。
確かに形や赤と白が面白いので描いたのを覚えている。
しかし、そんな部分にまで思ひを馳せることはなかった。
たかがこんなスケッチを見て、
そこまで意識を向けられる人のいることに驚いた。

絵の観方は人それぞれでいいと思うし
必ずしも描き手の思いが伝わるとは限らない。
しかし、そんなことよりも
通り一遍の感想ではないコメントが嬉しくて
あえてこの場で紹介ることにした。

日頃は描き手の側のことばかりを伝えようとすあまり
感想には真剣に耳を傾けなくなる自分がいる。
絵面(えづら)のみに囚われて、
作品を深く鑑賞しょうとしない自分もいる。
発信機と受信機が相互に響き合ってこそ、
初めて一枚の絵が完成すると思わなければならない。
絵は見るものではなく読むものだと具体的に
教わったような気がしたのである。









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【2016/09/03 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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