紫木蓮



■インドの釈迦の弟子の中に木蓮という弟子が居た。
この弟子は賢くて知恵第一の木蓮尊者とも呼ばれて
釈迦十大弟子の中にも数えられる程だった。
ところが、あまりに賢過ぎる為、つい修行を怠ることが多く
最後は師の釈迦から成仏を認めて貰えなかった。
卓上の学問に幾ら長けていても
実践(行動)が伴わなければ真実の悟りを得ることにはらないという
仏教の教えのひとつようだ。
物事は確かに知らないよりは知ってた方がい。
知識も同様だが大事なことは
知恵を実体験に変える租借がなければ役には立たない。
耳学問の受け売りの知識には深さがない。
『流石に凄い』などと周りから言われたりすると
尚更その傾向が強くなり
結局は何も判らないままで終わってしまう。

木蓮ハガキ3 (2)

また同じく釈迦の弟子に周利槃特(しゆりはんどく)という者も居た。
兄の勧めで仏門に入ったものの
自分の名前すら読み書き出来ない程の愚かだった。
それでも師の教えに素直に従い修行に励んだ結果
悟りを開き釈迦に菩薩という位を与えられたという。

インドの古い仏典にはお伽噺のような教えが多いが
あながち昔話の中だけではないような気がする。
頭デッカチでいざという時に役に立たない知識よりも
真面目ににコツコツと積み重ねた実践に勝るものはなく
自惚れず、怠らず努力してこそ本物の力になるというのは
昔も今も変わらないひとつの方程式なのかもしれない。

連日このし木蓮の花を描きながら
昔の逸話をふと思い出していた。


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【2018/03/26 11:35】 最近の絵 | トラックバック(-) | コメント(0) |
絵描きの呟き


■以前にもどこかに書いたちょっとややこしい話です。
我々は絵に描きたいと思うものば
なんとか懸命に取り組んでものにしょうとするものです。
しかし、描いてはいけない為の努力はあまりしないものです。
何が具体的なそれに当たるのかは一概には言えませんが、  
例えば自分の本音であったとしても、口に出さない方がよい言葉があるように
幾ら自分だけの表現と雖も、やっぱり同じことがあるように思います。
そしてそれは他人から指摘されるからではなく
内なる感性というか、我慢するというか、
個人の美意識には他人が立ち入ることが出来ないので、
各自それぞれにが自分をコントロールする以外にはありません。
描かないで済ませることは、これでもかと描くよりも難しいですが・・・

そもそも美術(絵画)と称するものに悪いものなど無いはずで
それはまた上手、下手とも少し意味が違う。
技法的に巧みな表現がイコール良い絵なのか?と言えばそうでもない。
周囲の注目を浴びたいとか、他人を押し退けたいとか、
そんな心根でもし描いたとすれば、
見掛けは綺麗でもどことなく卑しさのよなものを感じます。
巧みな技術のみで描かれた作品には奥深さが読み取れません。
そんな作品を描かないですむ方法はないのでしょうか?
私にも雲を掴むようで答えが見当たりませんが
人を惹きつける魅力のある良い絵とは
案外そのような精神を優先させた作品ではないかと私なりに思います。

やっぱりうまく説明が出来ませんでしたが(^^;
結局作者の理屈を超えた潜在的な部分が
作品上には嫌でも現れるという事だけは間違いないようです。
技術を磨いて上手くなる為の努力は惜しまないのに
己の根源的なマイナスの部分に打ち勝つ努力を怠れば
結果が全く違うものになるのがなんとなく判る様な気がするのです。

菜種花 (3)

少し話がそれますか
国の行く末を論じる某国の国会議員ですら
命の底に私心(邪心)を交えたなら
その瞬間から国民の信託を受けた資格を失うのは当然の理。
それなのに平然とその立場に居座ろうする・・・
私利私欲や保身の為の画策には余念がなくても
国民に恥じない為の努力など眼中にもないでは恥ずかしい。
人は神や仏でもなく、欲も有れば過ちも犯すこともある。
だが自分に課した約束は何がなんでも果たすという気概をもし捨ててしまえば
嘘を背負った言い訳の人生になってしまうのでは。
現実は厳しくて理想通りに行かず
我先の我欲が渦巻く中では人間性すらおかしくなるのも解りますが
しかしそれでも自分は自分らしく正直に頑張ることが
最優先の大事なことではないかと、生意気ながらも思います。

そしてもし願わくば私自身も生涯にたとえ一作でも
名実共に良い作品だと言われるものを描き残したいと
ごく平凡な絵描きとして思います。
勿論、今だからこんなことが言えるのかもしれません。
確かに若い頃は寝る間も惜しんで描いてました。
それは何の為かといえば
有名になって世に出たいとのただその一心でした。
あの頃はそれでよかったのですが
今この歳になって、初めて気づくことも多々あって
そのひとつが、描かないことは描くことよりも難しいということでした。
力を入れることよりも、力を抜くことの方が精神力が要る。
そんな当たり前のことだったのです。



【2018/03/17 23:05】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




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