絵描きのドレスコード

『こんな席ではこんな服装に』と指定されることを"ドレスコード"という。
勿論これはパーティーなどに出席するときの服装に関する言葉ことで、直接絵を描くこととは
関係が無い。しかし私はふと考えた。
この景色、このモチーフは○○風にちょっと気取ってとか、これはあまり気取らずにラフに
描いてみる方がいいという自分なりにのコードを決めることも必要かもしれない。
所詮描き手が同じなので、なにを描いてもその人らしさは無くならないが、たまには違う雰囲気の
表現を演出するとで絵も変わるものだ。それを私流に言えば、引き出しを幾つか持っていて、
それぞれの段には違う洋服を入れておく。そしていざというときに普段は着ない洋服をサッと
引っ張り出して着れる準備をしておいたいい(方が困らない(笑))その格好(表現)が板に付くか
どうかは分からないが、少なくとも気分転換や新しい違う自分を発見するきっかけにはなる。

なにを見ても自分流の絵にしてしまうことも大事だが、反対に対象に敬意を払い自分を相手に
合わせて描くこともなければ、我が侭で自己満足な絵で終わりかねない。
ドレスコードとは正にそのことで、主催者側の意向にコチラが服装を合わせることだ。
性に合わないとか窮屈だとか言ってる場合ではない。極端な話が、新聞紙に走り描きをしても、
絹本に雁彩を施しても同じレベルの作品でなければならない。いつもいつも正装していては肩が
凝るのは当たり前で、そこは臨機応変でよいのだと思う。

 
赤い花1 

ちょっと角度が違うが、
ある日本画の大家が『絵は描いてやるという傲慢な気持ちでは描けない。描かせて貰うという謙虚で、
祈るような思いでなければ描かせてくれない』と語っていたのを思い出す。
また、オーケストラの指揮者が何故あそこまで、髪を振り乱し汗まみれになってタクトを振るのか…
きっとそうしなければ原作者の音域に到達しないからではないだろうか。これもその指揮者自身が
決めた一種のコードではないだろうか。
今日はこのスタイルがベストだとまづ決めることから絵の作画は始まる。描き上がってそれが
もし場違いだと気付いたら、今度はまた違うドレスコードで挑戦すればいいだけのこと。
少なくとも宴席と違って恥などかかないで済むのである(笑)

要するに人間はともすると気楽さや、いい加減な方へと意識が向く傾向がある。私は絵描きなので
それではやっぱりいい絵は描けないと思っているし、生き方自体に当てはめても、時には余所行きで
バシッと決めることもなければ人生にメリハリが無くなる。
慣れた事を惰性で続けるのは容易いが、それでは本当の楽しさも無い。
以前テレビに『そんなの関係ねぇー』と裸で出ていたタレントがいた。○鹿のひとつ覚えとは言わ ないまでも、               芸の幅がひとつだけでは長続きする訳がない。
無茶な無理はよくないが、自分流の人生のドレスコードを決めておくことは、そんな意味でも
大事ではないかと私はそれが言いたかった。

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【2010/03/04 12:23】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(-) |
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絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




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