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個展の神様
 

■演劇人は舞台の板の上には演劇の神様が居ると言う。

同様に我々が開く個展の板の上にも

芸術の神様がいると私は思っている。

壁に並べた作品たちが

鑑賞者によって会期中にひとり歩きを始める。

思わぬ発見も有れば落胆もある。

過去と未来を示してくれたりもしてくれる。

幕を開ければ何が起きるか判らないのが個展である。

ある年の個展では同じギャラリーの広さが狭く見えたり

特に展示作品が大きかった訳でもないのにそれとは逆の年もあった。

満員御礼のときや閑古鳥が鳴いたりで様々だが

それらは描いた作品とは直接何の関係もない。

同じ条件で同じように取り組んだ結果

目には見えない何がその度に働いているように思えるのだ。

経験などとは言えるほどではないが

作品さえ有れば他は適当に何とか成り立つという考えは

通用しないことも分った。

想定外の諸々の出来事を今後に反映させられるかが

描くこと以上に大事であることも実感で学んだ。

むしろそれこそが今ある私の財産にもなっている。

だからこそ個展の神様をなめてはいけないと思う。

IMG_2522 (2)

作品は筆を置いて終わりではない。

台詞を覚え、衣装を着けて役に成り切り

舞台に上がった瞬間から新たなドラマが始まる。

明日16日からその神様を迎えようとしている。





【2017/11/15 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
恩に応える


■ある絵描きさんの話。

その生涯で描いた作品は数えきれない。

画壇では無名だったが、あるきっかけから

その存在が認められ(旧)市立博物館で永久保存が決まった。

しかし作品の個々の詳細が殆ど解らないために

その描かれた場所が何処で、何年の制作なのかを

同館学芸員が5年の月日を掛けて綿密に裏付調査を行ったという。

戦後間もない頃から大阪の街を描き続けた数々の作品は

貴重な大阪の文化遺産として

現在の大阪歴史市立博物館に100点余の作品が収められたのは

画家が亡くなった10年後のことだった。


前田亮一

私が35年間公私共にお世話になった

元上本町ギャラリーのオーナーである。

こんな私に『ウチで水彩画の教室を持ちませんか』と勧めてくれた。

亡くなる直前まで病院の窓から見える風景を描く人だった。

無名故にその存在は殆ど世に知られず、

既にギャラリーも時代の流れで今は廃業となったが

せめてそれを知る者だけでも名を留めたいとの思いから

ここに紹介することにした。

唯一関連として同博物館の常設案内がここにある。

市立博物館

同館内の展示の前田氏の作品↓
ttps://twitter.com/naniwarekihaku/status/729481371819880449


人も花も種を撒かなければ育たない。

なにかしらの種が有って実が出来るのである。

受けた恩はけして忘れてはならない。

人と人との縁がやがて歳月が経っと

感謝の念に変えられるように頑張らねばならない。

何故なら恩は感謝の異名だからである。

この前田氏との出会いがもし無ければ

今年の個展へと繋げることも出来なかったかもしれない。

思いを背負ってそれに応え続けること

それも絵描きの人生である。




【2017/10/18 22:30】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
絵描きの呟き


■自分ひとりだけで絵を描いているのなら

これほど楽しいことはないだろう。

迷うことも、悩むことも

責任や義務も無く、もっと自由に気楽かもしれない。

爆発的なパワーがあるわけでもなく

ただ好きなだけで押し通せる程甘い世界ではない。

それを踏み越えてしまったことに今更悔はないが

毎年こうして個展が刻々と近づいてくると

焦る思いからつい色々な考えが頭を過る。

波

私は無所属で微々たる画歴で他には何もないまま

40年の人生の大半を費やした。

平坦な道程ではなかったが他に選択肢がない以上は

迷いながらも突き進むしかなかった。

しかし、よくよく考えるとそれは作家の宿命のようなもので

もしそれを避けたいのであれば他の道を選ぶしかない。

子供の頃からやりたかった事を

そのまま生業にするのは容易ではないが

進まなければ自分の人生も無かった。

格好よくスマートで余裕の気持ちが持ってないのは、

やっぱり私はこの世界には向いてないのか?

ブログでこんなことを呟いている間に、気が付けば全てが終わっている。

不安やら自信やら。うぬぼれやら謙遜やら

支離滅裂の孤独な格闘技はまだまだ続く。

35回個展まで

あと30日




【2017/10/05 16:25】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
花の顔(はなのかんばせ)

 
■雨の降る中を傘をさして歩く・・・

そんな場面の絵をこの時季にはよく見掛ける。

雨降りの情景は(特に水彩画では靄った路面の)映り込み等が美しい。

それを軒下で雨を避けながらでも描きたくなるものだ。

しかし、雨の中を如何にも同じ道を歩いている様な目線が気になる。

恐らく写真を見ての仕事だとは思うが

写真をただ移すだけで?と素朴な疑問が湧くのである。

私の知るある絵描きさんは

夜の大阪通天閣の近くにある有名なフグ提灯を

それも雨の降る中で濡れながら黙々と描いていたとか。

それを偶然その作家が目撃をして

その姿そのものが、既に一幅の絵の様に感動したと語っていた。

時代背景も当然今とは違うので

絵描きの気質が変わるのも仕方が無いことだが。。。




雨2
また別の作家は

海外取材と称して数千枚の写真を撮り

それを元に作品作りをするという。

フイルム時代と違ってdigitalならそれも充分可能なので

天候にも左右されず、瞬時に捉えるカメラであれば

雨の降る中でもシャッターは押せる。

私は昔には無かった今風の道具類をフルに活用して

作品作りに生かそうとする事を悪いことではなく

むしろ大いに活用すべきだと思っている。

だがしかし、その結果絵描きたる本質が後退するようでは

本末転倒になってしまう。

安易な方向へとに流れようとする誘惑に負けないことが大事で

正にそれこそが「我々が終生闘い続けなければならない」相手なのである。

その結果の勝ち負けも、自分自身が一番よく判るはずなのだ。


『花の顔(かんばせ)』という言葉がある。

今では死語のようになってしまったが

ここでいう顔は単に姿形のことではなく

本来そのものが持つ特性を讃嘆する意味で使われていた。

近頃は顔を『かんばせ』と読むことも、その意味さえも失われたが

花はひとつの譬えに過ぎず

それは別に学生でも主婦でも会社員でもよいのだ。

今ある自分顔に誇りや自信が持てないでようでは

本物として精一杯にこの世界を渡っては行けない。

古臭い時代に合わない理想論だとしても

私はときどき自分自身にも問いかけるのである。

『花の顔はいま如何に?』と。





【2017/09/19 08:55】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
小学生の頃
 

■私の小学校のの恩師が勉強の全く出来ない私に

『〇〇、何でもかんでも出来なくていいから、せめてひとつくらい

誰にも負けない事を身につけろ。

そしたら他のことも勝手に判る様になる』と諭してくれた。

子供の頃から絵ばっかり描いていた私はやがて絵描きになった。

備前伊部焼窯元


当時は意味もよく分からなかったこの言葉が今となって判る。

人の道を踏み外さず、自然の中で絵を描きながら

その絵を介して多くの人と接してきた。

お陰で人の心の機微も掴むようにもなった。

子供の頃から恵まれた環境も、学歴も何もなかったが

曲がりなりにも今私があるのは

恩師のこの教えを実践した結果ではないかと思っている。

既に亡くなられたが、もしもう一度お会い出来るなら

50年かけてようやく見つけることができたことを報告をしたい。

人間には誰にでも幾つかの原点がある。

普段は忘れていても何かの折に思い出して忘れないことだ。

それが今の自分の幸せを証明することだと思う。





【2017/08/31 23:00】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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