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■最近は桜が咲いても

花びらが散るとそれがゴミだと嫌がる人が増えている。

雨が降って地面に落ちると掃除がし難いと言う。

花も咲けば散るのは当たり前で

散りゆく姿も含めて桜なのである。

寛容でなければならない時と

容認してはいけない事とがあるはずなのに

混同したり逆になっているような気がする。

四季が狂い始めると、人間の感性までが狂うのか

それとも人間が狂い始めるから、四季までおかしくなるのか。

物事が曖昧ではっきりさせられないのは

日本人の国民性の悪い部分だ言う人がいる。

しかし曖昧のどこが悪いのだろうか。

曖昧にしておくからこそ

その内を推し量る思いやりの心も生まれる。


2umars445896ef0c752.jpg


私はこの国に生まれ、この自然に囲まれて

この国の文化の中で育ってきた。

親も先祖もみな同じ様に生きてきた。

長い間に刻まれたのDNAに

日本人の血が流れていることを否定できない。

了見が狭いとか、愛国心などという問題でも

他国と比べて云々することでもない。

殊更日本人であることを意識する必要もなく

これはもう自然の事実である。

ならば己の心情のままの生き方がしたいと思う。

子供は親を選べないと言って、親があんなだったから

自分がこうなったなどと言うのはあまりに卑怯。

物事に感謝の念すら持てないのは思い上がりの姿である。

自分に素直になれないで、誰のどんな言葉が聞こえるだろうか。

生まれた自国の自然や歴史・文化を否定しながら

一体どんな絵を描き、その作品を誰が共感してくれるだろうか。


私は生まれ育ったこの国の言葉でしか喋れない。

それを恥ずかしいなどとは少しも思わないし

そんな人間にもなりたくない。




【2017/03/03 00:22】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
日没の瞬間
 

■旅先で
真っ赤で大きな夕陽が沈むのを

暫くながら眺めていた。

非日常に身を置いていると

普段何気なく見ている夕陽でさえ

様々なことを想起させてくれる。




雪の大地に帳りがおとずれて黄昏に染まると

気温は更に氷点下に急降下する。

明るいうちに急がねば今夜の宿に辿り着けない

そんなことを心配しつつ

絵描き根性が足を引っ張る。

こうした蓄積が、やがて何等かの作品となって

具体化するのだろうと思っている。


私が絵を描いていて良かったと思うことは

様々な光景に出会って何等かの感動が出来ること。

それを描いてもう一度再現したい思えること。

そしてその描いた作品を誰かが観て

同じ感動を共有して貰えることである。






【2017/02/27 23:59】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(1) |
潜在的な思い
 


■見知らぬ土地に行くと

『こんな処へさ何しに来たのよおー?』と

地元の人によく声をかけられる。

最寄りの駅で飛び降りたものの

辺り一面雪一色に覆われて何にもなく

ただ山裾まで続く一本道があるだけだった。

その日も同じことを聞かれた。

『大阪から絵を描きに来た』と告げると

出会った老人は暫し怪訝な顔しながら

そのまま足早に私を追い越して行った。

後ろ姿が小さな黒い点となったその先には踏切が見えていた。

そうだ、あの踏切を描こうと決めた。

それが三年前この踏切を描いたきっかけだった。

IMG_1886 (3)


何処から来て何処へ行くのか

知らない人なら当然聞くだろう。

しかし答えは自分でもよく判らない。

そのとき出会った老人と自分の姿と一瞬重なっていた。

もう帰ろうか…いやもう少し先きまで

奇しくも京都での個展を控え

その後には長年住み慣れた上本町の本拠地を

離れると決まった頃だった。

偶然なのか、それともこじつけか

そんなことはどうでもよかった。

潜在的にでも心に思う何か無ければ

どんなものに出会っても描く動機にならない。

あてもなく歩いているようでも

この光景を探していたのだと思えれぱ後は作品に描くしかない。

これからも私は新たな踏切と出会う為に歩き続け

過ぎた過去を投影させながらその度に

『渡るのだ!』と決断をするだろう。


(画:2015年作/この道を渡る/北海道長万部)



【2017/02/21 23:59】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
ひと灯り
 


ひと灯り



今日の大阪は寒いでしょうか。

まだ旅は始まったばかりですが、何とか全日程を無事に終えて

元気で大阪に帰りたいと思います。

下の作品は小樽の裏通りを描いたもので

私には珍しい表現でした。

こんな時季寒いのは当たり前なのですが

ただ寒々とした絵は描きたくないと思っています。

演歌のように格好良くは行きませんが

せめて絵の中の世界だけでも

主人公になったようなつもりになって(^'^)


雪灯り


昔歌謡界の女王と呼ばれた美空ひばりが

こんな曲を歌ってました。




♪肩をすぼめて歩いても

やけにしみるぜ からっ風

俺の人生吹きだまり

夜更け淋しい裏町は

後ろ姿の似た奴ばかり・・・♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この画像がUPされる頃は北海道のどこかの街で

私もこの曲を聴いていると思います。





【2017/01/24 23:59】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
今年も北の大地へ

北の大地へ

 
作詞・作曲/森繁久彌 歌・加藤登紀子

知床旅情




真冬の北海道は

私のような大阪の温室育ちの者にとって

肌身で感じる極寒は半端ではない。

のんびり絵など描ける状況でもない。

何処へ向かっても、何を観ても白一色の世界でしかなく

背中に10数キロのリュックを背負いながら歩く。

晴れた日ならまだよいが一旦吹雪くと

数メートル先も見えななくなる。

積もった雪が氷となって舞い上がり頬に痛いように吹き付ける。

自分が吸い込んだ冷たい空気で息が出来ない。

そんな所に一体何を求めて行くのか。。。

根雪や流氷が解けると北の大地にも

花が咲き緑も茂る季節もあるのに

敢えてこの季節に拘り続けるのか。

私はただ単純に、

自分が踏みしめた現実の足跡だけが

理想の画境に近付けると信じている。

今度こそ納得のいく冬の景色が描けるかもしれない

その答えを得る為に出掛ける。

襟裳の春

この冬は例年になく降雪量が多いとか。

鹿にもキツネにも馴染みができた。

爪がピカピカのアイゼンも用意した。

何処へ向かうかは天候次第

行ってみないと分からない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

せめて画像だけでも現地から
フェースブック
に投稿します。

では皆さん暫くの間TAKEOFF。




【2017/01/21 23:59】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
今年も元気で




新年あけましておめでとうございます


白と黒の風景


 皆さんにとりましてこの一年が昨年に増して

素晴らしい年でありますように。

今年もよろしくお願いいたします。


by condor


【2017/01/01 19:59】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
技法に走る


■絵を描くには技術が伴うのは当然のことで

それも一朝一旦には身につかない。

目を見張るテクニックで表現された作品を観ると

自分の稚拙さが嫌というほど思い知らされる。

しかし余り技法に走り過ぎると中身が滑る。

だから巧みで達者で上手い絵よりも

誠実で心の籠った良い絵を描きたい。

技術はそれを助けるための手段ではあるが

それが最終の目的ではないはずだ。

そう思える様になるには

まだまだ私自身の道程は遠い。。。

冬の詩

芸は身を助けるとは云うものの

芸を切り売りしなければ生きられない現実を

跳ね返すには『強い魂の力』が要るということかもしれない。

魂の力?・・・何のことだか一見解り難いが

太古の昔から、芸事全般に至るまで求めてやまない

生きるパワーの様なもので

もしこれが弱ければ納得の行く人生も望めない。

曖昧な精神論だけでは絵は描けないと言う意見もあるだろうが

長年の経験で身に着けた技術も

それを使う人間の魂が備わってこそ

更に冴えるのであるのではないだろうか。

【冬の詩】







【2016/12/30 23:59】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
類が集まる
 
■もう大分前に亡くなられたが
生前90歳を過ぎて腰が九の字に曲がり
それでも教室で先生をされていた画家がいた。
指導する先生がそんな年齢だから、
そこに集まる生徒さんも平均年齢も相当高くなる(^^;
反対にまだ若い先生だと当然生徒も若くなる。
年齢ばかりではない。
画風や人柄はもとより、
酒飲みな先生だとやっぱりその類が集まる。
もしハンサム(美人)な先生なら、やはりそれれなりの人という具合に
そんなこんなで、それぞれの教室のカラーが出来上がる。
『類は類を呼ぶ』という言葉もあるが
では我が教室はとみてみると?
全て自業自得と納得せざるを得ない(爆)
良いか悪いかは別として、そんなものである。





【2016/12/20 11:52】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
衝動
 

■衝動を抑えきれなかった・・・

これはあるタレントが警察に逮捕されて語った言葉。

衝動の中身は人それぞれ違っていても

誰にでもあることかもしれない。

後先考えないことの是非はともかく、

抑えてしまってはいけないこともある。

特に絵を描こうとする者は、

今すぐにでも描きたい!という素直な衝動は大事だ。

広告の裏に描いたスケッチ


ところが若い頃はともかく、

歳と共にそんな純粋な絵心が

徐々に失われて行くのをフト自覚することがある。

何を恐れて、何をつくろうとするのか。。。

また今度でもいいかとか、今更そんなことなどと

躊躇してしまうのはパワー減退の赤信号で

結果など考えずに即行動に移せることが

作家の条件として終生持ち続ける必要があるのかもしれない。





【2016/12/04 10:45】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
奥義(おうぎ)
 

■奥義(おうぎ)とは

学問や武芸、芸事等の一番大切な部分のことを云う。

昔から門外不出のこの奥義を譲り受けた者は免許皆伝が許された。

故に奥義とはその道の極意であり

形式や技術は修行を積めば習得が可能でも、

それに伴う奥義が伴わなければ完成したことにはならない。

基本的には人間の能力にはさほどの個人差はないはずで

あるのは努力や修行を支える精神の有無ではないかと私は思う。

紙一重で結果が違うものになるのは、なにも芸事の世界だけとは限らない。

運やチャンスでさえ人によって違いが出るのも日頃の心根次第。

この心根こそがその道の『奥義』ではないだろうか。

古臭い時代錯誤な考え方かもしれないが、

今の時代で一番欠けているのが

物事の本質を見定めようとする生き方なのではないだろうか。

佇む

社会の価値観がいくら多様化されたとはいえ、

人間の持つ本質の部分は昔とさほど変わらないはず。

『世の中で大切なものほど目には見えない』という簡単なことが

心底自覚できないものなのだ。

理屈や言葉なんかではなく、誰かに教わるようなものでもない。

しかし避けても通れない絶対の奥義である。

余儀や余談も無く、ただそれしかない・・・

そんな凄いことが簡単に気付いて理解が出来て、

更に身に付くものなら苦労は要らないだろうし

私が長々とここに書くことも必要ない。

早い話が、きっと判ったようでもなんにも判ってないのだ。

もしかしたら、死ぬまで判らないかもしれない。

あでもない、こうでもないと当てもなく探し回ること自体が

奥義を極めようとする生き方の様に思う。










【2016/11/26 19:25】 日々の呟き(日記) | トラックバック(-) | コメント(0) |
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透明水彩画のブログです。
絵を描くことは感動を見つけ出すこと。その時々に出会った想いを備志録的に綴ります。




■変なHNですがネットを飛び回るには便利な南米の鳥です(笑) 観掛けはこんな姿でも、いたって小心者です。 気まぐれな更新になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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